Mighty Joe Young
Mighty Joe Youngは、1927年 9月23日、Louisiana州 Shreveport生まれ。
Milwaukeeや Los Angelesにもいたことがあるようで、1940年代の終りころにはアマチュアのボクサーをしていたそうです。
1950年代の始めには Milwaukeeのクラブで演奏を始めており、1955年には Louisianaに戻って、JIffy Labelという小さなレーベルに初吹き込みをしています。1956年には Chicagoで Joe Little and his Heart Breakersというバンドで演奏し、さらに Jimmy Rogers、Billy Boy Arnold、Otis Rushとも仕事をしています。その一方で彼は Atomic H、 Fire(つまり Bobby Robinsonのレーベルね。N.Y. Wild Guitarsでは New Yorkのギタリストみたいな扱いをされてます。カップリングは「Empty Arms」)、Webcor、 Celtex、 U.S.A.などのレーベルに単発でシングルの吹き込みも行っています。
また Delmarkの二枚の Magic Samや Willie Dixon、Albert King、ゲロゲロの Jimmy Dawkins(?)、Tyrone Davis、Koko Taylorなどの録音にも参加しました。
特に Koko Taylorとは1969年の Chicagoでの第一回 Grant Park Blues Festival( Grand Parkの誤植ではなく、ホントに Grant Parkなの)での共演が評判となり、それはそのまま彼が出演するノースサイドのクラブにそれまではあまり見ることのなかった「白人の聴衆」がおしかける、という現象を生んだのです。
さらに Ann Arborでの成功によって1970年代には彼の名は大西洋の両側で知られるようになっていきました。

1986年には、ツアーを組んでいたバンドをそのまま自費でスタジオに入れ、アルバム製作にとりかかりました。しかし、三曲を吹き込んだところで彼の首の部分の神経が圧迫された症状が悪化し、その治療のため中断することとなります。その治療には手術も含まれていたのですが、本格的な快癒にはほど遠く、歩行できるほどには回復したものの、逆にその手の指は自由にギターを弾けないような状態になってしまったようです。
したがって1990年代にはほとんど姿を現していません。彼は手術前の状態に戻ることを願い、リハビリにはげんでいたのですが、ついにその望みがかなえられることはなかったのです。
それでも彼は最後にシンガーとして1997年の Chicago Blues Festivalにその姿を見せています。

1999年の2月から入院していた Mighty Joe Youngは、再起を賭けた脊椎の手術の術後の合併症により、同年の 3月 24日に死亡しました。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-20 19:33

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