Otis Spann
1950年代中期以降の Chicagoのブルース・シーンにおいて、大きなプレゼンスを示したピアニスト、Otis Spannは1930年の3月21日に Mississippi州の Jacksonで生まれています。
彼自身がインタビューで語ったところを信じれば(なんてことわるのは、彼の発言では時々辻褄の合わないところが出て来る場合があるからなのですが) 8才の時に地元のピアニスト Friday Fordの演奏に魅せられてピアノを弾くようになった、ということのようです。
14才ですでにジャクソン周辺のジュークジョイントやハウス・パーティで演奏してたそうですが、1946年には兵役に。
1951年には除隊となったのですが、その間、1947年にすでに彼の母が死んでいたため、親戚を頼ってシカゴに移り、そこで、かって 78回転 SPでよく聴きこんでいた Big Maceoに会い、その庇護も受けていた、とされています。
当初、彼はギターの Morris Pejoe*とギグをしてた( alt. Morris Pajoeのバンドにいた)らしいのですが、ついに 1952年にはマディのバック・バンドのレギュラー・メンバーとなることができました。

* ─ Morris Pejoe( Morris Pejas)、生年月日不明。生まれはおそらく Louisiana州ですが、 1940年代の後半には Texas州の Beaumontに移り、そこで彼はそれまでの楽器であるヴァイオリンからギターに変わったとされています。
そこではピアノの Henry Greyとともに演奏し、やがて連れ立って Chicagoへと移動したのが 1950年代の始めでした。そこで出会ったのが Otis Spannというワケですが、その期間はさほど長くはなかったものと思われ、Otis Spannはマディの元へ・・・
Morris Pejoe自身は 1952年に Chessでのレコーディングを経験しており、それは二枚のシングル、Checker 766 Tired of Crying Over You / Gonna Buy Me A Telephone 、同じく Checker 781 Can't Get Along / It'll Plumb Get It として 1953年にリリースされています。
ただ、そこでのピアノは Otis Spannではなく、旧友(?)の Henry Greyですが。
その後も様々なレーベルで録音を経験していますが、自身のフル・アルバムとしては 1954年に Unitedに入れた Wrapped in My Baby があります。
代表作はそれに収録されている Let's Get High
1960年代は妻 Mary Laneをヴォーカルにという形でも演奏していたようですが、やがては長じた息子の Morris Pejoe Jr.とも共演しています。
1982年、Detroitで永眠。

そのマディとの初録音は1952年の9月17日で、他のメンバーはギターに Jimmy Rogers、ハープ Little Walterで Chess 1526としてリリースされることとなる Standing Around Crying は当日二曲目に録音されたもので、最初は後に Chess 1542として後発となる Who's Gonna Be Your Sweet Man の方でした。( AMGなどのサイトで Blow Wind Blow Chess 1550を Otis Spannの最初の録音としている記載がありますが、そちらは 1953年 9月24日ですからほぼ一年後となります─参考資料: http://www.bluespower.com/osdiscog.htm)

それからの約10年間、マディのバックで支え続けることとなります(ただし、ずっとマディ専属のピアニストだったワケではなく、たとえば 1955年の Bo Diddleyの I'm A Man を始めとして Sonny Boy Williamson、Howlin' Wolf、Jimmy Rogers、Little Walterなどのピアノとしても録音に参加しています)。
1954年10月25日には自己名義での録音もスタートさせ、It Must Have Been the Devil / Five Spot(こちらはインスト) Checker 807(ついでに Bo Diddleyの I'm A Man は Checker 814で、ハープで Billy Boy Arnoldも参加。カップリングは Bo Diddley )としてリリースされています。
ただし Checkerでのシングルはこれ一枚だけ。
メンバーは George Smith、B.B. King、Jody Williams、Willie Dixonに Fred Belowという豪華版(?)。
もっとも、この 1954年には(と言うか、1954年かもしれない、かも?)、その正確な日付が判らないために、Otis Spannの自己名義による「初」録音という栄誉に授かれない録音がありまして、それが J.T. Brownとともに吹込んだ、とされる(一部ではそれを認めていない資料もあります) JOB 1111 T-99 / Love というシングルなのですが、そのシングルとしてリリースされたシリアル・ナンバー自体は 1956年物(?)なワケで、それが、この録音は 1956年ではないか?というギワク(オーヴァーな・・・)を呼んで、初録音として認められないもののようです。ただ、未確認ながら JOB 1110 The Bible Don't Lie / Los Angeles Midnite Groove (後者はインスト)ってのもあるらしく、シリアルからすると先に世に出ているハズなのですが・・・

実は 1956年 7月にも Big Walter Horton、Lockwood、Dixonに Belowといったメンツで I'm Leaving Youと I'm In Love With You Babyの二曲が録音はされているのですが、それがリリースされることなく 1960年代を迎えてしまいます(結局それが世に出るのは 1987年。現在は P-Vine PLP 6022などで聴くことが出来ます)。
1960年 7月 3日には New Port Jazz Festivalにおいて演奏し、唯一ヴォーカル入りの Catfish Bluesを含む 5曲が JSP 1070 Rarest Recordingsに収録されています(他は Boogie Woogie / Jump Blues / Slow Blues / St Louis Blues・・・ところで「 Jump Blues」や「 Slow Blues」ってのは「曲名」でしょか?便宜上、そー言ったのをそのままにしたんじゃあ・・・)。
同年 8月23日には New Yorkで The Hard Way / It Must Have Been the Devil / My Home In Delta / Otis' Blues / Woman Leave Me Alone / Otis Rides Againなどをレコーディング。Candid CJM 8001 Otis Spann Is the Bluesなどのアルバムとなっています。

ところで彼にとってひとつの転機となったのが 1963年の American Folk Blues Festivalの一員としてのヨーロッパ・ツアーでした。
この年のツアーはマディはもちろん、他に Sonny Boy Williamson、Memphis Slim、Lonnie Johnson、Willie Dixon、Matt Murphy、Big Joe Williamsなどといったメンバーで構成されていたのですが、そこでは彼のブルースが評価され(この 10月 4日の Frankfurtでの録音は fontana 885.403MYなどに収録。彼は Had My Funの他、Sonny Boyとマディのバックにも入っています)、デンマークの Copenhagenでは Storyvilleのために彼名義の録音が行われたのでした。
この時の録音は Storyville SLP 157 Portraits In Blues, vol.3で、Love, Love, Love / Don't You Know / Jelly Roll Baker / Good Morning, Mr. Blues / Going Down Slow / Spann Boogie / Must Have Been the Devil / Riverside Blues / Trouble In Mind / T.B. Blues / Worried Life Bluesを収録。
あ、その直前の 9月21日に Chicagoで 4曲( Skies Are Blue / My Baby Is Gone / Love Is A Miracle / No, No, No)を録音している、とする資料も存在していますが、いづれも Unissuedのままらしいです。そのときの他のメンバーは J.T. Brownに Sonny Boy、Matt Murphyとドラムの Bill Stepney、そしてベースは不明だそうです。
さらに A.F.B.F.後の 10月から 11月にかけて The Blues Ain't Nothing / T-99 / Built Up From the Ground / Spann Boogie / What Getting Wrong With Me / Everything Gonna Be Alright / Why Did She Have To Goを Matt Murphy、Willie Dixon、Bill Stepneyという顔ぶれでレコーディング。これは前述の New Portでの録音と一緒にされて JSP 10070 Rarest Recordingsに収録されたり(後半の 4曲)、あるいは Professor Longhair( P.L. Bounce 1曲だけ)や Lyin' Joe Holley、Little Brother Montgomeryと一緒に JSP 1056 Piano Blues Legendに収録されたりしています。
さらに 12月には Sad Day In Texas / I Tried Not To Cry Testament S 01を入れていますが後者は Johnny Youngがヴォーカルでした。
続いて 12月あるいは翌 1964年の 1月には Louis Myersに Willie Smithというリズム・セクションで Lovin' Girl / The Name of the Bluesを吹き込み。前者は One-der-fulってレーベルから(たぶんシングルで?)リリースされたらしいのですが、後者は Unissuedとなってますが、どちらも未確認です。

ところでその1964年にもマディと Otis Spann、ドラムの Willie Smithに Ransom Knowlingというパックがイギリスに渡っているのですが、これは A.F.B.F.とは別口の American Folk, Blues and Gospel Caravanというまったく違うプロジェクトによるものでした。
そして案の定(?) Londonでも 5月 4日にレコーディングをしているのですが、ここでは上記のメンバーにプラス、クラプトンとジミー・ペイジが参加しております。
Natural Days / Meet Me In the Bottom / I Got A Feeling / Sarah Street(紛失により unissued) / Jungle Boogie / Nobody Knows / The Blues Don't Like Nobody / T-99(これにも別テイクがあったらしいのですがマスター・テープが紛失) / My Home Is On the Delta / Spann's Boogie / I Come From Clarksdale / Rock Me Mama / Get Out of My Way / Lost Sheep in the Fold / Keep Your Hand Out of My Pocketが Decca 4615 The Blues of Otis Spannに収録。

さて、ではクラプトンが参加したのは?ってえと Pretty Girls Everywhereと Stirs Me Upの 2曲で、後者にはジミー・ペイジも参加してともに Black Magic 9004、Take Me Back Homeに収録されています。またこのアルバムには同時に録音された Mojo Rock & Roll / Nobody Knows / I'd Rather Be the Devilも収録され、ついでに(?) Lockwoodと St. Louis Jimmyも一曲づつヴォーカルをとった曲が収録されていました。
しかもそれだけではなく、同時に今度は London PS 551 Cracked Spanner Headに収録された Lucky So and So / Everything's Gonna Be Alright / Iced Nehl / Crack Your Head / Dollar Twenty Five / No Sense in Worrying / Sometimes I Wonder / Mr. Highway Man / What Will Become of Me / Rock Me Mamaも録音されています(ただしこのときの録音には後にブラス・セクションをカブせて発売)。
さらに同じ Londonの V/A、PS 543 Raw Bluesには Country Boy / You Gonna Need My Help / My Home in the Desertにクラプトン付きの Pretty Girls Everywhereが収録され、また別な V/A、これも Londonの PS 579 Power Bluesにも Country Boy一曲が収録されています。
結局、この日の Londonセッションでは、実に 35曲(別テイクおよび unissuedを含む)が録音されたことになります。

続いて 5月12日の American Folk, Blues and Gospel Caravanの Paris公演では、La Maison de la Radioのライヴからイタリアのレーベル Curico GSR 84の V/A La Grande Storia Del Rock: Shirley & Lee, Otis Spann, Isley Brothersに収録された 3曲、Meet Me in the Bottom / Chicago Blues( Angel Child) / Spann's Boogieが録音されました。
この American Folk, Blues and Gospel Caravanに参加したことによって、彼の録音は一気に増えたことになります。
そしてこの「キャラヴァン」からアメリカに帰って、その 11月21日には Prestigeのための録音が行われました。
そのアルバム The Blues Never Dieでは 11曲中、5曲は James Cottonがヴォーカルをとっており、それ以外の The Blues Will Never Die / Come On / I Got A Feeling(この曲は James Cottonが歌った Straighten Up, Babyとカップリングで、シングル Prestige 45-348としてもリリースされています)/ I'm Ready / Lightnin'(インスト) / Must Have Been the Devilの 6曲が Otis Spann名義となって Prestige LP 7719としてリリース。

その翌年の 1965年12月には Vanguardの V/A、Chicago, the Blues Today, vol.1 Vanguard 79216のためのレコーディング。
Burning Fire / Marie(インスト)/S.P. Blues(インスト) / Sometime I Wonder / Spann's Stomp(インスト)の 5曲ですが、うち 3曲がインストなんですね。
実はこの 1965年には他にも Testament T 2211 Otis Spann's Chicago Bluesとなった録音もしているのですが、そちらは何月ころか不明なようです。
収録曲は ─ Get Your Hands Out of My Pocket / Jack Knife* / Lovin' You* /Sarah Street / Who's Out There ─ ここまではバックに Johnny Young、Jimmy Lee Morris、James Cotton、S.P. Learyがつき、「*」ではオルガンを弾いています。
Otis Spannのピアノとヴォーカルだけで
Mr. Jelly Roll Baker / Nobody Knows My Troubles / One Room Country Shack / See See Rider / Spann's Boogie Woogie (インスト)/ What's On Your Worried Mind / Worried Life Blues / You Can't Hideという構成に。

1966年には New Yorkの Cafe Au Go Goで Spiveyのためにライヴ・レコーディング。
You're Going to Miss Me When I'm Gone / Where Is My Wife / Going Back Home / One Moreを収録した Spivey LP 1013、The Everlasting Blues Versus Otis Spannとしてリリースされました。
また 8月30日には new Yorkで Brand New House / Chicago Blues / Down On Sarah Street / My Home Is On the Delta / Nobody Knows Chicago Like I Do / Popcorn Man / Spann Blues / Steel Mill Blues / T'ain't Nobody's Business If I Doを録音し、これらは最後の一曲を除き Bluesway/ABCからアルバム BLS 6063、Heart Loaded with Troubleとしてリリースされています。
最後の一曲、T'ain't Nobody's Business If I Doは同じ Blueswayの BLS 6062、V/Aの Classic Blues, vol.2に収録されました。

もうこの頃には彼の伴奏者としての存在も大きくなり、1966年の判明しているものだけをとっても Magic Sam( She Belongs to Me )、Shakey Jake( A Hard Road / Respect Me Baby )、Big Mama Thornton( Big Mama Thornton with Muddy Waters Blues Band Arhoolie F 1032のためのセッション)、Floyd Jonesと Eddie Taylorはともに Testament 2214 Masters of Modern Blues のための二人別々のセッションで、さらに Johnny Shinesにジョン・リーとかなりなアルバムに登場しています。
その上この 1966年には Victoria Spiveyによる Bluesmen of the Muddy Waters Chicago Blues Bandシリーズ(?)が始まり、まずは 11月25日に録音された Spivey 1008では Ain't Nobody's Business What I Do / You Done Lost Your Good Thing Nowの二曲でヴォーカルをとっており、これは Spivey LP 1008、Bluesmen of the Muddy Waters Chicago Blues Bandとしてリリースされ、たぶん同時に録音されたと思われる Diving Mama( Victoria Spiveyも一緒に歌ってる)/ She's My Baby / Wonder Why(こちらには妻の Lucille Spannが参加)、さらに、これも同じ日「かもしれない」Mother and Son(これも Spiveyが加わってる)の 4曲などが Spivey LP 1010の Bluesmen of the Muddy Waters Chicago Blues Band, vol.2に収録されました。

1967年はマディの他に Buddy Guyや Luther Johnson、さらにマディとウルフ、そこに Bo Diddleyまで加えた Super Super Blues Bandプロジェクトでもバックを務めています。
そして 11月20日には New Yorkで Blueswayのための吹き込み。
My Man* / Diving Duck* / Nobody Knows* / Heart Loaded with Trouble / Shimmy Baby / I'm A Fool / Looks Like Twins / Doctor Blues / Down the Earth*を吹き込み( *は with Lucille Spann)、アルバム Bluesway BLS 6013、The Bottom of the Bluesと、BLS 6063 Heart Loaded with Troubleとなりました。
その翌日の 11月21日にはこんどは Repriseによるセッションが行われ、Otis Spannは Sippie Wallaceのバッキングで 4曲が録音されて Mountain Railroad Recordsというレーベルからリリースされた Jim Kweskin: Jug Band Blues, with Sippie Wallace and Otis Spann MR 52672ってのに収録されてます。

1968年には(ワタクシお気に入りの)Cryin' Time Vanguard VSD 6514が製作され(録音は 3月 7日、20日と21日)、Blind Man*( with Lucille Spann)/ Blues Is A Botheration / Cryin' Time* / Green Flowers / Home to Mississippi / Mule Kicking In My Stall / New Boogaloo* / Someday( with Lucille Spann)/ Twisted Snake / You Said You'd Be On Time( *はオルガン)が録音されました。
さて、1968年 6月10日には Chicagoで Can't Do Me No Good / Bloody Murderの二曲を入れているのですが、そこに記された Blue Horizon BH 57-3142ってのがはたしてシングルなのかどうか確認することが出来なかったのが、それについては江戸川スリムさまから、Blue Horizonの Discographyに確かにシングルとして記載されている旨、連絡をいただきました。よって、おそらく正式にはそのシリアルも BH 45-57-3142だと思われます。
Blue Horizonはイギリスのレーベルでフリートウッド・マックなんかでお馴染みのレーベルらしいんですが・・・
1969年の 1月( 4日?)には、そのフリートウッド・マックが「憧れの」 Chessのスタジオまで出張ってきておこなったセッション、Blues Jam at Chess(おやおや、あの Homework もやってますねえ)で Hungry Country Girl / Someday Soon, Babyの 2曲を歌っています( BH 3801)。
続いて 1月 9日には場所を New Yorkの Tempo Sound Studioに移し、やはりフリートウッド・マックとのセッション(他に S.P. Learyも参加)での Ain't Nobody's Business / Dig You / I Need Some Air / It Was A Big Thing / My Love Depends on You / No More Doggin' / She Needs Some Loving / Someday Baby / Temperature Is Rising / Walkin' / Blues For Hippiesが録音され、最後の一曲(これだけは Excello 2329)以外は Blue Horizon BH 4802、The Biggest Thing Since Colossusとしてリリースされています。
ただし Temperature Is Risingは Blue Horizon BH 45-57-3155としてシングルでもリリースされているのですが、それはこのアルバムに収録されたのとは別なテイクだそうです。またカップリングは Walkin'。

同じ 1969年の 4月には「あの」 Fathers and Sons の直前と言っていい 9日、今度は Brooklynのクラブ Queen's Padでレコーディングした Five Long Years / Help Me Somebody( with Victoria Spivey)/ I Just Want A Little Bit / If I Could Hear My Mother / I'm Accused / Let's Look After Each Other / I've Been So Sick People、そして翌10日には Vicksburg Blues / Improvised Lyrics / Baby What You Want Me To Doを録音したようですが I've Been Sick・・・以降の 4曲は unissuedのままのようです。
そのアルバムは Spivey LP-1031、Up in the Queen's Pad
ほぼそれと同時期と思われるのですが、彼はこれも同じく Spiveyの LP-1013The Everlasting Blues Versus Otis Spannのために、これはまた Cafe Au Go Goでの録音もしており、Where Is My Wife? / I'm A Bad Boy / You're Going To Miss Me When I Gone / Going Back Homeが演奏されました。

同年の夏にはやっと Victoria Spiveyの魔手から逃れ(?)、西海岸は Los Angelesで Bird In A Cage / Got My Mojo Working / Hey Baby / I Wonder Why / I'm A Dues Payin' Man / Make A Way / Moon Blues / Sellin' My Thingをレコーディング。
Flying Dutchman/Bluestime BT 9006、Sweet Giant of the Bluesとしてリリースされています。これが彼自身の作品としてのラスト・レコーディングとなったようですが、バックでの仕事では 1969年の 12月30日と明けて 1970年の1月 8日とに行われた Junior Wellsのアルバム、Delmark DS 628: Southside Blues Jamのためのセッションが最後となったようです。

同じ1970年の4月24日、いわば、そのキャリアの絶頂時に、癌のために、シカゴの Cook County Hospitalで、彼は僅か40年の生涯を閉じています。
その翌々年の Ann Arbor Blues & Jazz Festivalでの、残された妻 Lucille Spannの歌った、Otis Spannを偲ぶ「血を吐くような」沈痛なブルースは忘れがたいものがありますね。
機会がございましたら、ゼヒ聴いてみてください。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-29 02:49

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