Professor Longhair
Professor Longhairこと Henry Roeland Byrdは、1918年の12月19日、Louisiana州の Bogalusaで生まれています。しかし、彼がまだ生後 2ヶ月くらいの時、一家は New Orleansに南下しました。
やがて両親が離婚したことで、彼はかなり苦しい生活を強いられたようで、路上でのダンス・パフォーマンスでもらうチップで暮らしていた時期もあったようです。また、その時期、ボクシング(リング・ネーム?は"Whirlwind"。135 poundsだった)まがいの賭け試合で年長の相手から手ひどく殴られたこともあったといいますから、カネになりそなこたぁナンでもやったんでしょね。あ、そのときの相手には金属パイプ持って「闇討ち」をかけてキチンと仕返しした、っていいますから、なかなかどうして、かなりな「ワル」だったのかもしれませんぞ。それ以来賭け試合からは足を洗ったそうですが、どーも、「こんなコトをしてちゃイカン!」なんてごリッパなアレじゃなく、仕返しした相手とまたモメるとマズい、ってんで行かなくなったんじゃねえか?なんて邪推したくなっちゃいますなあ。

ピアノの前にギターを弾いていたとも言いますが(ピアノは母から初歩的なとこを教わったんだとか)、彼は Rampart Streetあたりのクラブやらタヴァーンに出演する Robert Bertrand(Goldband recording artist: Lake Charlesのケイジャン・ミュージシャンで Iry LeJeuneのバンドではドラムを叩き、他にフィドル奏者でもありますが、ピアノも弾くの? Joel Sonnierがヴォーカルとアコーディオンで在籍し、Chuck Berryの「Memphis 」をケイジャン・ヴァージョンで J.D.Millerの Fais Do Do labelに録音もしてた the Louisiana Ramblersと the Lake Charles Playboysのバンド・リーダー。またアコーディオン奏者の Nathan Abshireとの録音ではヴォーカルとして参加しています。1975年に死去)や Sullivan Rockに "Tuts" Washington、そして Kid Stormy Weatherと言ったピアニストたちの演奏から多くのものを吸収したようです。
Sullivan Rockに Kid Stormy Weatherあたりは、ちょっと手元に資料が無く詳しいことは判りませんが、一部の記載を信じれば「バレルハウス系のピアニストだった」そーでございます。
Isidore "Tuts" Washingtonは New Orleansピアノの「最も偉大なる"教授"」であり、その受講生には Professor Longhair、Allen Toussaintと James Bookerが含まれる、と。いわば「元祖」 Professorなワケですね。もっとも、我らが Professor Longhairのピアノは、それらのピアニストやミュージシャン、さらには Jelly Roll Mortonによる影響や、Pine Top Smith、Albert Ammons、Meade Lux Lewisなど、北方の音楽シーンからのムーヴメントなどの影響、さらにはフランス系文化の名残りやら西インド諸島との交流、中南米のスペイン文化圏のエキゾチックな香りまでが玄妙な配合のもとに芳醇に醗酵したよなもんですから、やれ、誰の影響だ、とか騒がれるのは本人が生きていたら「片腹イタイ」と笑うかもしれませんがね。

それとは別に、ダンスもベンキョーしてたみたいで( Bill "Bojangles" Robinsonってヒトの影響みたい)、Champion Jack Dupreeなど、多くのミュージシャンの演奏の間近で踊ってたそうです。
その Champion Jack Dupreeのススメでピアノと歌に戻り、そこでダンスで身につけたリズムをピアノに応用した、ってえ解説もあります。そしてブーギウーギの基礎みたいなとこは前述の Sullivan Rockから、"Tuts" Washingtonからはスジ金入りのブルースを受け継いだ、と。
ところで、Jelly Roll Mortonと彼の違いは、そのまま New Orleansにとどまり、そこで「プロの」ギャンブラーとして「いい金」を稼ぎ続けた、ってとこだ!と主張してる Biographyもあって面白いですよ。カードの扱いにかけちゃあプロだったそーで。
その指先の器用さが「あの右手コロコロ」の華麗なフレーズに結びついた・・・ワケゃ無いか?

1940年代を通して彼はバンドの形で演奏を続け、1947年には Caldonia Inn出演中にそのニック・ネームを頂戴してます。クラブの経営者がそのグループを「Professor Longhair and the Four Hairs Combo」と名付けたもんで。

1940年代末期から1950年代初頭にかけて、「She Ain’t Got No Hair」(Star Talent-809 /1949:Professor Longhair & His Shuffling Hungarians名義)と「Bye Bye Baby」、「Mardi Gras In New Orleans」、「Professor Longhair’s Boogie」と、計 4曲(?)を Star Talentレーベルに録音。
「Hadacol Bounce(alt."Oh Well")」(Mercury-8154/1949)、「Bald Head」(Mercury-8175/1949)、「Her Mind Is Gone」(Mercury-8184/1949)や「Hey Now Baby」これらの Mercuryへの吹き込みでは Roy Byrd & His Blues Jumpersの名前が使われています。
1949年から1950年のアタマにかけて「Hey Now Baby」(Atlantic SD 7225)、「Mardi Gras In New Orleans」(Atlantic-897, SD 7225)、「Walk Your Blues Away」(Atlantic 906)、「Hey Little Girl」(Atlantic-947)、「She Walks Right In」、「Willie Mae」、「Professor Longhair Blues」、「Boogie Woogie」(Atlantic SD 7225)、「Longhair’s Blues-Rhumba」などを Atlanticに Roy "Bald Head" Byrd(or Roland Byrd/Professor Longhair) & His Blues Scholars名義で録音(ついでながら、ニューヨークに本拠をおく Ahmet Ertegunの Atlantic Recordsにとって、初の南部、New Orleansでの録音がこれらしい)。
続いては1951年、Federalに Roy Byrd名義で「K.C. Blues」(Federal 12061)、「Curly Haired Baby」、「Rockin’ With Fes」(Federal 12073)、「Gone So Long」(King LP 875)。
さらに 1952(?)年、Wascoに「East Saint Louis Baby」(Wasco 201)と「Boyd’s Bounce」を Robert Boyd名義で。
1953年11月にはふたたび Atlanticに「In The Night」(Atlantic-1020, SD 7225)、「Tipitina」、「Tipitina (alternate take)」(Atlantic SD 7225)、「Ball The Wall」、「Who’s Been Fooling You」を Professor Longhair & His Blues Scholars名義で録音しています。
1957年には Ebbに「Cry Pretty Baby」(Ebb 101)、「No Buts, No Maybes」、「Misery」(Ebb 106)、「Look What You’re Doing To Me」、「Looka No Hair」(Ebb 121)、「Baby Let Me Hold Your Hand」を Professor Longhair名義で録音。
1958年には Ronに「Cuttin’ Out」(Ron 326)、「If I Only Knew」、「Go To The Mardi Gras」(Ron 329)、「Everyday, Everynight」を、これまた Professor Longhair名義で録音。
・・・とやってるとキリが無いっすね。この後も Ripや Watchに 4曲づつくらいは入れてくんですが、マーケットにあまり流通することも無かったようで、Mike Leadbitterが1970年に発見した時には South Rampart Streetのレコード屋で掃除(!)してたそうです。
そこから1972年に Atlanticのリイッシューが発売され、あちこちのフェスティヴァルにも出演し、New Orleansの代表的なミュージシャンとして認知されたのでございます。

彼は1980年の 1月30日に亡くなりましたが、その彼の葬儀は New Orleansの街がしばらく忘れていたような盛大なものだった、と。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-10-09 05:52

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