Richard M. Jones
Trouble In Mindの作者、Richard Myknee Jonesは Louisiana州で生まれたのはマチガイないようですが、資料によってその出生地がバラついております。
Donaldsonvilleとするもの、New Orleansとするもの、あと「バートン」と表記してある国内サイトもありますが、Michigan州ならともかく、Louisiana州では該当する地名が発見出来ませんでした。
生年月日についても、1889年とするのが大勢のようですが、一部、1892年という説もあります。ただし日付についてはどっちにしても不明です。

生まれた家庭は音楽に縁が深かったようで、彼は最終的にはピアノをメインの楽器とするのですが、10代になる前、the Claiborne Williams Bandと Eureka Brass Bandでチューバとコルネットを吹いていたようです。
後には Armand Pironの Olympia Orchestraに加わり、さらに Sugar Johnny Smithや、時として King Oliverも参加していた The Four Hot Houndsを自ら率いていたようです。
第一次世界大戦の間、彼は Papa Celestin(1884-1954 Oscar "Papa" Celestin、ニュー・オーリンズ・ジャズのコルネット奏者。1908年から Henry Allen Sr.の Excelsior bandに入る。1910年には自分のバンド、the Original Tuxedo Jazz Orchestraをスタート、そこからは Peter Bocage、Louis Armstrong、Bebe Ridgley、Lorenzo Tio Jr.に Isidore Barbarinが出ています。大恐慌の前には Okehに録音しています。第二次世界大戦中は造船廠で働いていたようで、戦後はまた再結成していろんなレーベルに吹き込みもしていました。ローカルの放送番組も持ち、バーボン・ストリートで演奏もしていたようです)と一緒に演奏していました。

1919年、彼は New Orleansを後にして Chicagoに行き、Clarence Williams publishing company(音楽出版業者)のシカゴ支店で働き始めています。
演奏の方も 1920年代を通して続けていますが、次第に Okeh Recordsのレース・レコード部門のマネージャーとしての比重が大きくなっていきます。
彼は彼のスタジオ・バンド Richard M.Jones' Jazz Wizardsを率いて様々な歌手の伴奏をつけ、彼自身によるピアノがそこでは聴くことができました。
しかし、彼の活動はそれだけにはとどまらず、タレント・スカウトとしても活動していましたし、Trouble In Mindや Riverside Bluesの作者としても知られています。
彼の死は 1945年でした。こちらも日付は不明です。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-10-11 22:59

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