Gloria Hardiman
Gloria Hardiman は、Mississippi 州、Yazoo City 出身のようですがそこで生まれたのかどうか、またその生年月日も判りません。
まだ小さいころから木箱の上に上がって教会のコーラスに加わっていた、と言われていますが、その彼女が六歳のときに、牧師(宣教師?)だった父がシカゴに移って、サウスサイドで新しい教会を作り、それにともなって家族は Yazoo City を後にしているようです。
もちろん、シカゴのその教会でも彼女は歌い続けていたようで、やがて彼女の歌は教会のなかだけに留まらず、Chicago はもちろんのこと、Atlanta や Kansas City などの都市のブルースクラブ、さらには、Nebraska 州や南北「両」Carolina 州、そしてカナダやヨーロッパにまでその音楽活動の場を広げて行きました。
1980年代には "Meet Me With Your Black Drawers On" というヒットにも恵まれていますが、それ以前にロイ・ブキャナンのヴォーカリストとして "Why Don't You Want Me" というナンバーですでにメジャー・デビューを果たしていた、と言えるのかもしれません。
ただしそのアルバムは「ギター・おたく」には人気があったものの、その手のファンにとっては彼女の歌など「どうでもいい」ものだったのかもしれませんね・・・
その意味で、"Meet Me With Your Black Drawers On" が重要な作品であったことは確かでしょう。
ただし、そのほぼ五年後、Professor's Blues Review を率いる Professor こと Eddie Lusk の 1992年の早過ぎる死亡によって、いったんブルース・シーンから姿を消していましたが、 Myspace の本人のページによれば、1995年に、Chicago 第35区の Vilma Colom 市会議員のもとで働くようになり、1997年、Spaulding and Schubert 地区の理事長(委員長?原文では president )に選出され、1999年には the Spaulding and Schubert Community Center の建設に際し彼女はその運営に関与するようになり、 5 才から18 才までの子供たちのためのアフター・スクール・プログラムを管轄するようになりました。
そのアフター・スクール・プログラムには音楽も含まれていますから、その部分では「ふたたび」音楽に関わりを持つようになった、と言えるのかもしれません。
かって彼女をヴォーカリストとして迎えたこともある Steve Freund の 2004年 6 月のインタビューでは音楽活動に復帰した、という発言があるのですが、それがこのアフター・スクール・プログラムでの音楽セクションでの活動なのか、それともクラブシーンなどへの復帰も意味するのかは不明ですが、現状ではライヴ・スケジュールなどのリストでの登場は検索しても出て来ないので、かってのような商業的な意味での音楽シーンへの噴きではない可能性も強そうです。
現在、そのような地域に根ざした活動に力を注いでいるようなので、ブルース・シーンへの復帰はカンタンではないのかもしれませんが、なんとか戻ってきてくれないかなあ。たった二曲しか聴いたことないけど、かなり気に入ってます。
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by blues-data | 2012-03-16 10:15

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