Sonny Boy Williamson I
John Lee Williamson(つまり Sonny Boy Williamson 1世ね)はレコードがまだ 78回転の SPだった1930年代から1940年代にかけて実に 120曲ほども吹き込んだ戦前の代表的なブルースマンのひとりでした。
その彼が生まれたのは、前述の通り1914年の 3月30日で、Tennessee州の Jacksonに近い Madison Countyの南西部でした。
彼はほとんど Jackson周辺で成長し、異母兄弟、あるいは異父兄弟の TW Utleyとともに叔父あるいは伯父の Fred Utleyがいた St.Louisに向かっています。
彼のキャリアはその St.Louisから始まっており、彼の音楽を形成した重要な地であったようです。

まず Blairs Chapel Churchに所属する the Four Lambsというゴスペルのカルテットに 10才で参加し、その後 Sleepy John Estesや Homesick Jamesとも仕事をするようになったそうですが、それでもまだティーンエイジャーですからね。
また Billy Boy Arnoldにハープの「チョーク」を教えてくれたのも Sonny Boyだったそうです。
およそ、ブルースでハープがメインとなり得ることを初めて証明したのが Sonny Boyと言われていますが、ハープのみならず、彼の曲もブルース界に大きく貢献しているんじゃないでしょか。特に一連の Bluebirdに吹き込まれた作品群は「Bluebird Beat」と呼ばれています。

ブルース・ハープの世界に偉大な足跡を残した Sonny Boy、その彼が結婚した女性は Lacey Belleと言って、彼女の名前を冠した曲があるくらいなのですが、1948年のある寒い朝に Laceyが自宅のドアを開けると、そこには何者かに襲われて虫の息になっている Sonny Boyを発見したのです。
最期の言葉は「 Lord have mercy」でした。
同じ Chicagoの the Plantation Clubでの仕事からの帰りだったといいます。

機会がありましたら『 RCAブルースの古典』 BVCP-8733〜4で彼のブルースに触れてみてくださいませ。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-11-17 21:05

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