Texas Alexander
1934年の Mississippi Sheiksとのものはそのバックも判っているのですが、それ以外の作品では、Lonnie Johnsonや、Little Hat Jonesなどもバックをつけていたようで、そこが「ヴォーカルのみ」、っちゅーこの Texas Alexanderならではの世界を作っています。

どっちかってえと、この年代で、ヴォーカルのみのブルースマンってのは明らかに少数派でして、ふつーはギターやらピアノ、はたまたハープなんぞを演奏しつつ「歌う」ってのが当たり前だったと思うんですが、どうやら、生涯いっさいの楽器とは縁が無かったらしいですね。
そして、その唱法ですが、特筆すべきは、かなりの「大声」だったらしいことです。
さらに、震えながら伸ばすあたり、ここらを「フィールド・ハラー」の遺産である、とする分析もあるようですが、ま、確かになにひとつ反響するものが無い野っぱらでは、このよーな唱法が遠達性(あるいは、「やっと届く」ギリギリの遠距離でも、なにかしら歌ってるらしい、と識別できる)という意味でもかなり効果があったのかも知れません。
例えば、ワタクシ個人としちゃあ苦手な部類になる Johnny Shinesあたりに、この唱法の残滓が見られるのではないでしょか?
ま、Johnny Shinesの場合は自分でギターも弾いていますから、その分ヴォーカルに向かう「集中力」みたいなもんは「薄い」とは思われますが。

この Texas Alexanderの No More Woman Bluesなどを聴くと、まさに「 Moan」という表現がぴったし来るような「重さ」に満ちて、上っついた調子を一掃しちゃいますねえ。
もっとも、歌ゼンブがそんな重さに沈んでいるってワケじゃなく、バックとからみつつ、語るように歌ってみたり、また Moanに戻りつつ、独特の世界を作っていきます。
Johnny Shinesが苦手、ってとこから想像されるとおり、この Texas Alexanderも、いささか敬して遠ざけていたとこがあったんですが、この BLUES日記を始めてからというもの、ケッコーあらためて聴いてみてるブルースマンが多く、そーやって聴いてみると、以前ほどヤでもないかな?なんて例も出てきております。
特にこのテのフィールド・ハラー系(?)とされる唱法にも次第に耳が馴れてきてるよな気もするんで、もしかすっといつの日か(?) Johnny Shinesも「いいなあ」と思える日がくるんでしょか?

Alger "Texas" Alexanderは 1900年 9月12日に Texas州の Dallasと Houstonを結ぶ州道 190号線のほぼ中間位置にある小さな町、Leon郡の Jewettで生まれています。
どのくらい小さい町か、ってえと、2000年の国勢調査では、人口が僅かに 861人(!)とありますから、その 100年前が「どんなに違っていたとしても」大都会だった、なんてワケはありません(実際、そんな劇的な「凋落」の歴史があったら、町についての記述に必ず加えられておるハズですが、そんな話しはいっこもございませんでした)。

ただし、その後、彼がいかにしてブルースを歌うようになったのか?ってえあたりの記述は発見できず、ただ、彼がレコーディングを開始した 1927年頃には、テキサス州内では第三の大河(あ、アメリカ的スケールでは「大河」なんて言えないようですが、それでも日本の信濃川よりも長いんですから、ワタクシの感覚としては充分に「大河」でございます。実際に一時期ケツに水車みたいのをグルグル回して進むスティーム・ボートも就航していたような資料も存在していますので、ミシシッピー河ほどじゃないにしても、ケッコーな大河ですよね)、Brazos河の氾濫原に残された三日月湖などを取り巻く湿地帯ではないか、と思われる(ここら、現地をまったく知らないで書いてますから、想像してるだけでして、実際には「ちゃう」可能性もありますが) Bottomlandってえあたりに居住していたらしいんですね。

1928年の 3月 9日に Texas州 San Antonioで Okehのための吹き込み( No More Woman Blues / Sittin' On A Log : Okeh 8624としてリリース)をしておりますが、レコーディング以前には各地のキャンプやピクニック、ハウス・パーティなどにも出張って歌っていたらしく、この時期には Blind Lemon Jeffersonとも交流があったようです。
その Okehへの録音はいったん 1920年代末で中断し、続いて彼が録音シーンに復活したのは1934年 4月 9日、同じく San Antonioで行われた Mississippi Sheiksをバックにしての Okehへの録音となります。
そして同日、Sax Black Tams(氏名不詳のアルト・サックス、クラリネット、ギター、ピアノからなる、彼自身のバック・バンドらしい)の伴奏で Vocalionにも吹き込んでいます。
続いては 1934年 9月29&30日、Texas州 Fort Worthで Vocalionに録音。

その後は 1947年まで、彼の録音は途絶えます。ただし、その間も歌っていなかったわけではなく、Lowell Fulsonや Howlin' Wolfなどとの活動は行っていたのですが、 1939年に Texas Alexanderは自分の妻を殺害した件で有罪となり、1940年から 1945年まで、(一説では Dallas市の Deep Ellum付近にあった刑務所だとか。Deep Ellumについては、Little Hat Jonesのとこで出てきておりますので、そちらをどぞ)収監されておりますが、出所後、Lightnin' Hopkins(親戚だそうで)とともに活動を開始し、さっそく Aladdinに一緒にレコーディングを行いました(としている資料もある一方、ここで Lightnin'は Aladdinによって Wilson "Thunder" Smithと組むこととなって Texas Alexanderとの関係は途絶えた、としている資料も多いんですよねー)。

彼の最後の録音は 1950年に Benton's Busy Beesをバックに録音したものですが、1954年 4月16日(ただし、異説もあり、それによると 1955年)、死亡しています。最後は Bottomlandで迎えた、また死因は梅毒の進行によるものだ、という説もありますが定かではありません。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-12-15 00:26

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