Willie Cobbs
You Don't Love Meを初めて聴いたのは Junior Wellsと Buddy Guyの演奏です。Buddy Guyのストラトのトーンが良くて、なんとかあの音を、と思っていた時期でございますね。
で、次に聴いたのが、ちょっとコンランしておりまして、Eddie TaylorのReady For Eddie に収録されてたヤツか、あるいは Arhoolieが Harry Osterの Folk-LyricレーベルのコレクションをまとめたCountry Negro Jam Session (しっかしまあ、なんっちゅー無神経なタイトルだこと!まだ差別用語、なんてえ概念に気付きもしなかった「脳天気」な時代のなせるワザなのでしょうか?)に収録されたアコースティック・ギターによるユニークなリフをベースにしたヴァージョンのほうだったかもしれません。

この二つはエレクトリック&アコースティック(いまで言う「アン・プラグド」なんてえんじゃなく、ホントに「ナマ」なのじゃ)という違い以上に、そのリフの扱い、基本的なテンポそのものが「あまりに」違うんで、ワタクシのアタマの中でまったく別個の曲として存在しておりまして、そのせいか、どっちを先に聴いたのか?ってのが判らないんですよ。オリジナルの録音年次は Arhoolieが古いに決まってるんですが。

ところでこの You Don't Love Meですが、忘れちゃならないのはその最初のレコーディング・アーティスト、Willie Cobbsです。
Willie Cobbsは 1932年 7月15日に、当時は米作地帯でもあった Arkansas州の Smaleで生まれています。
まずゴスペルに関わることで彼の音楽生活はスタートしたのではないでしょうか。
1947年には Chicagoに移って Little Walterと出会い、その教えを受けて 1950年代の初頭にはどうやらブルース・ハープのキャリアをスタートさせていたものと思われます。
その後、1952年から 1956年までは軍務についていた、ともいわれますが、資料によってはThe National Guardとしておるものがあり、ちょっと調べてみたのですが、それがなにを指すのかは不明でした。国境警備隊( The Coast Guardなら沿岸警備隊なんですが・・・)なんてえ存在もあましアメリカじゃ聞いたこと無いし(一部の資料では National Guardではなく、海兵隊─ U.S. Marineで、しかもその期間も 1956年までではなく、1957年までである、としています)。
1958年には Chicagoに戻り、音楽の世界に入っています。
そして 1961年の You Don't Love Meのヒットが彼のブルース界でのプレゼンスを大きく変えました。
その後も数々のヒットを出してはいますが、後半生はむしろクラブ・オーナー(別な資料ではシカゴに戻ってきたのを 1957年や 1958年としているものがありました。そしてその時に彼はシカゴで自分のブルース・クラブを開いた、と。さらに、そこを基盤として 1959年には自分のバンドも作っているそうです)や、バーベキュー・レストランの経営者として生きているようなところがありました。
やがて 1969年には Arkansasに戻ります(ただしこれにも異説はあって、1974年に Mississippi州の Itta Benaに移った、としている資料もあります。もちろん、いったん Arkansas州に移り、そっから Itta Benaへ、という可能性も無いではありません)。
そんな彼が 1991年に Rooster Recordsから、彼にとって「初めての」アルバム Down To Earthを送り出し、それ以降 1994年の Down To Earth、1998年の Pay or Do 2 Months & 29 Days、2000年の Junkin' と次々と発表しています。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-12-22 23:36

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