Odie Payne
Odie Payneが生まれたのは 1926年 8月27日の Chicagoでした。
子供のころから音楽に興味を持ち、手に入るものならばクラシックだろうがミュージカルだろうが、なんでも聴いていたようで、10代ともなると、ドラマーの実際のプレイを見るために、よくクラブにも忍び込んでいたそうです。
高校では音楽を学び、その後すぐ陸軍に入りました。
除隊してからは Roy C. Knappのパーカッション・スクールに入り、ドラムを本格的にマスターしています。
1949年、ピアニストの Little Johnny Jonesと演奏していたところを Tampa Redに認められ、彼のバック・バンドに参加することとなりました。
1952年の11月には Chicagoの Universal Studioで Joe Bihariによる Elmore Jamesのレコーディングに参加。
ここではすでに「あの」メンツが揃ってますねえ。つまり J. T. Brownのサックス、Johnny Jonesのピアノ、Ransom Knowlingのベースに Odie Payneのドラムからなる元祖・純正・本家(?)the Broomdustersでございます。
この有名なグループは、名前こそ同じでも、実態はかなりのヴァリエーションがあるのですが、この Odie Payneはその中でももっとも Elmore Jamesとの付き合いが多く、その関わったトラックは 30を超えます。

当然、彼の存在はシカゴのブルース・シーンにあってかなり重要なものとなり、Elmore James以外にも 1950年代後半には Otis Rushや Magic Sam、さらには Buddy Guyなどの罰金具に参加しました。
そして Chuck Berry、Sonny Boy Williamson II、Muddy Waters、Jimmy Rogers、Eddie Taylor(特に 1977年には Louis & Dave Myersとともに Eddie Taylorのバックとして来日し、ここ弘前市にまで訪れております)と言ったシカゴの一時代を築いたブルースマンのリズムを支え、それ以降のシカゴのバンド・スタイルにおけるドラムの位置づけを確定した、とも言えるでしょう。
基本的には Peck Curtisなどのルーラルなリズムとは異なり、あくまでも都会的な、ルーツをジャズ系の「軽い」ドラミングにおいたような「華やかさ」もあって、事実、ジャズのコンボとの録音も存在するハズです。
音的にはかなりハイ・スピードのキックがよく云々されますが、一般的な印象としては「うわもの」— スネア(のロール)やライド・シンバルの効果的な使用など、軽い音域に味があったように思います。

実際に 1977年に目の前で見た Odie Payneは、あまり気難しいところが無さそうな気さくなオッサン、という印象でしたが、シカゴでも彼は多くのひとから愛され、それもあって数々のレコーディングに顔を出した、という部分もあったのかもしれません。
1989年 3月 1日、Chicagoで死亡しました。


reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2006-02-12 18:55

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