Fenton Robinson
Fenton Robinsonは 1935年( Otis Rushと同じ年です)9月23日、Mississippi州の Greenwoodで、綿花とトウモロコシを栽培しているプランテーションで生まれています。
もちろん、プランテーションは白人が経営しており、彼の家族はそこに雇われた「労働者」だったワケですが。
他にも兄弟姉妹がいたのかどうかについて言及した史料にはいまのところ出会っておりません。また、Memphisに出てくる前に彼がいたところを Alligatorのライナーで Jim O'Nealは、その Greenwoodに郡役所があった Leflore Countyとしています。
おそらく、正確には Greenwood周辺の農園だったのかもしれません。2000年度の国勢調査では、郡全体の人口は 37,947人、ほぼ 68%近くを黒人が占める、典型的な農業地帯のようですが、1935年の統計ではありませんので、人口の構成比などは多少異なっていたかもしれません。
その彼が初めてギター(らしきもの)を手にしたのは、彼が 11才のときで、これまたお馴染みのシガー・ボックスから自作し、ワイアーを張ったものだった、と言われています。
そして、もっぱらジュークボックスや King Biscuit Show の放送などから流れてくる演奏(特に Tボーンだったとか)を手本にしていたようです。
やがて 16才になった彼は、初めての「ちゃんとした」ギター、13ドルだった Stellaのアコースティック(あいにく、それがフラット・トップだったのか、あるいはピック・ギター系の f 字形サウンド・ホール&アーチド・トップのモデルだったのかは判りません。ネダンからみてフラット?)を手に入れ、今度は本格的に学ぶために Tennessee州の Memphisに出て、そこで自らのバンドを率いて活動していたギタリストの Charles McGowanに会いにゆき教わっています。
そしてその 2年後には本格的に Memphisに移り、いっそうトレーニングに集中することに。
やがて、その甲斐あってか、彼は前述の Charles McGowanのバンド、The McGowan Brothersの一員として演奏活動を開始しました。
この時期には Bobby Blandのバックも経験しています。
同時に Castle Rockersというバンドにも参加して一帯をツアーして回ったり、WDIAへの出演などもしていたようですが、こちらは一年ほどで解散してしまいました。

1954年には Memphisから Arkansas州の Little Rockに移り、そこでふたたび自己のバンドを結成、そして Fenton Robinson and the Castle Rockersとしての活動を 1956年から開始しています。
同年、Roscoe Gordonの Dukeでの吹き込みに起用され(一説では Keep On Doggin' )、これが彼の(メインではないにしても)初録音じゃないでしょうか。
その翌年には、あの Elmore Jamesや STAX storyでも登場した Bihari Brothersの末っ子 Lesterが、本拠であるウェストコーストから離れた Memphisで 1952年におっ始めたレーベル Meteorで Fenton Robinson名義による初のレコーディングが行われ、そこにはギターとして、あの Charles McGowanも参加しています。
曲は Tennessee WomanCrying Out Loud
バックは Robert Williamsのテナー、J.W. Hughleyのドラム、そして氏名不詳のピアノで、Meteor 5041としてリリースされています。録音場所はもちろん Memphis。
そしてここでは Fention Robinson and his Dukes(おそらく前年の Roscoe Gordonとの Duke録音の名残りかと・・・違うか?)

翌1958年にはこんどは Texas州 Houstonで Dukeに吹き込み。
このときは Fenton Robinson and the Castle Rockers名義となり、またバンド・メンバーであったテナーサックス奏者 David Deanを「立てた」David Dean's Comboのふたつで録音しています。
他には James Bookerのピアノに Larry Davisのベース、ただしドラムは不明。

The Freeze
: Duke 190
The Double Freeze: Duke 190( by David Dean's Combo)
Mississippi Steamboat: Duke191
Crazy Crazy Loving: Duke 191

この Freezeってのは Albert Collinsにタッチの差で先行発売され、その割りを喰ったのか、あまりパっとしなかったそうでございます。
相手が Collinsじゃあねえ。
一説では、Fenton Robinsonがこの Larry Davisを Little Rockの Flamingo Clubで「発見し」、一緒に演奏していたところ、それを見た Bobby Blandが Dukeの Don Robeyに紹介したことで録音につながった、と。
もちろん、このときに Larry Davisは「あの」Texas Flood を、ってワケですね。
続く 1959年には、これも Dukeで

As the Years Go Passing By: Duke 312
School Boy: Duke 312

をレコーディング。ここではピアノが氏名不詳となり、代わってドラムが Jabo Starksと判明しています。そして同じ 1959年ながらやや間をおいて

Tennessee Woman: Duke 329
You've Got To Pass This Way Again: Duke 329

を録音。David Deanの他にもうひとりサックスを入れ、ギターも Johnny Brownと Earl Grantの二人を投入。ただしベースは Larry Davisではなく、Hamp Simmons、ドラムはNat Kendricksでピアノはやはり、の James Booker。
この 1959年録音の 4曲は、Rounder 2031、ANGELS IN HOUSTONに収録されています(タイトルの Angels In Houstonは Larry Davisの同名の曲から。当然それと、他にも Fentonがギターで参加した Texas Floodに I Triedも収録)。

1961年には Chicagoに移り、そこでスタジオ・ミュージシャンであった Reggie Boydに師事してギターのレッスンにハゲんでおります。この時期の彼はレコーディング・セッションでサイドを務めたり、またライヴでもバッキングに回ったりしていたようですが、そんな彼にレコーディングのチャンスが巡ってきたのは 1966年のことでした。
USAに吹き込んだのは

Say You're Leavin' Me: USA 842
From My Heart To You: USA 842

の 2曲で、このときのバックは、ピアノが Detroit Jr.、Bobby Andersonのベースに Billy Davenportのドラム、サックスに B. Gardner(他一名)です。
さらにその翌年には、彼の代表作となる、Somebody Loan Me A Dimeは USAに吹き込んだ翌年の 1967年の Palosへ吹き込みで「この世に生を受けた」ものなのですが、1967年、ということでは資料によって、Giantへの Farmer's Sonと Let Me Rock You To Sleepの吹き込みが「先である」としているものもあります。

Somebody Loan Me A Dime: Palos 1200
I Believe: Palos 1200

ここではピアノに Albert Gianquinto、ベース Bobby Anderson、ドラムが Sonny Freemanにテナーの Bobby Forte、トランペットの Kenneth Sandsも加えたバックでした。
そして Giantでは Wayne Bennettのギター以外パースネル不明のピアノ、ベース、ドラムそしてブラスで

Farmer's Son: Giant GT-702
Let Me Rock You To Sleep: Giant GT-702

を吹き込み。続いてこれも同じく Giantに

You're Cracking Me Up: Giant GT-705
I Put My Baby In High Society: Giant GT-705

を録音しています。ただ、この録音は 1967年とも 1968年とも言われ、また別テイクの存在を示唆している資料も存在します。
そして 1969年には、これも Giantへ

There Goes My Baby: Giant GT-1122
Fen-Ton A Soul: Giant GT-1122

を吹き込みしています。この一連の Giant録音では Wayne Bennettのギター以外、ピアノ(最後の曲だけはピアノの替わりにオルガンになってますが)、ベース、ドラムそしてブラスの一切のパースネルが不明です。
ところで、この吹き込みとの前後関係は不明ながら、その同じ年に、彼はクラブでの演奏がはねて、帰宅する途中で自ら運転するクルマで、ひとりの黒人女性を轢いてしまい、その女性(高齢だったと言われる)が死亡してしまったために過失致死罪を適用され、裁判に持ち込まれてしまったのでした。

1970年の Tennessee州 Nashville、Music City Studioでのセッションでは、プロデュースした Tim Drummondってのがよほどのスットコドッコイだったんでしょうか?ナゼか Fentonにはギターを「弾かせず」、かわりに出来損ないのレッド・ツェッペリンみたいなギターを弾く Mac Gaydenと Troy Seals(どっちが主犯か不明ですが)に「御任せ」にしてしまい。ベースは自分(つまり Tim Drummondね)が担当し、ハープの Ed Killis( Kollisとしている資料もある)にドラム Karl Himmell、そして氏名不詳のブラスという布陣で

The Gateway: Sound Stage 7 SS7-2654
Leave You In the Arms: Sound Stage 7 SS7-2654
Sideman: Seventy 7 77-109
I'm Not Through Lovin' You: Seventy 7 77-109
Give You Some Air: Seventy 7 S7 2001-S
Somebody Loan Me A Dime: Seventy 7 77-122
Let Me Come On Home: Seventy 7 77-105
The Sky Is Crying: Seventy 7 77-105
Smokestack Lightning: Seventy 7 S7 2001-S
Little Red Rooster: Seventy 7 S7 2001-S
Moanin' For My Baby: Seventy 7 S7 2001-S
Don't Start Me Talking: Seventy 7 S7 2001-S
Stormy Monday: Seventy 7 S7 2001-S

を録音しています。
当初の Seventy 7(ここまでがレーベル名で「セヴンティ・セヴン」と言う) S7 2001-Sのライナーには Give Me Some Airだけは Memphisの Fame Studioで録られた、と記載されていた(未確認)そうですが、ある資料では、周辺の証言によって、それは事実ではないようだ、としてありました。
また別な資料では Memphisで録音したのは Give Me Some Airではなく、翌1971年に録音された Little Turchで、おそらくそれと混同しているのでは?という指摘もなされています。
現実にその 1971年の Memphis、Fame Studio録音から上の Somebody Loan Me A Dimeのシングルのカップリング曲も選ばれていますから、かなりごっちゃになっているのかも?
ただし、この 1971年録音では Fentonにもギターが「渡され」てはおります。

She's A Wiggler: Seventy 7 77-1
Little Turch: Seventy 7 S7 2001-S
Mellow Fellow: Seventy 7 77-1
I Wanna Ooh!: Seventy 7 77-1
Laughing And Crying Blues: Charly CD BM 41
I Fell In Love One Time: Charly CD BM 41

ここでは Mark Tidwell( Alt:Titwell )のギターが加わり、キーボードに Sandy Kaye、ベースが Neal Dover、ドラムは R."Tarp" Tarrantとなっています。
この Memphis、Fame Studio録音は「まとも」。
収録アルバムは Charly CD BM 41、Mellow Fellow。ただし「もれなく」キョーフの Nashville録音もついてきますので、その落差をお楽しみいただけるかと・・・

次のレコーディングは、ハーピストの Mac Simmonsのレーベル PMに行われ

Find A-Way/Crying the Blues

の 2曲だけが PM 106としてリリースされています。
しかも、それはどうやら、この 2曲だけには Mac Simmonsが参加しているかららしく、それ以外のナンバー

Blue Monday Blues/One Room Country Shack/Nothing But A Fool/You Don't Know What Love Is

は、後に P-Vine PLP-9001Mellow Blues Geniusに収録されたことで「ようやく」陽の目を見ています。(あ、蛇足ながら、この Mellow Blues Geniusってのは「日本でだけ」通用するキャッチ・コピーらしく、海外のサイトでは、なにかってえと「日本人の言うところの Mellow Blues Genius」って引用が出てきます。そんだけ日本人って Fentonがお好きなようで・・・ところで PMでの最後の You Don't Know What Love Isだけ、Fenton以外のギターが二人から一人になっているらしいので別な日の録音では?としている資料もあります)

そして次こそ、彼自身も満足できたのではないか?と言われる Alligatorでの録音、アルバム Somebody Loan Me A Dimeとなります。
ここではスットコドッコイなプロデューサーに無理難題を押しつけられることもなく、むしろそのカタキをとるようなリメイクも含め、充分に彼らしさが発揮された、と言えるでしょう。
1974年の 7月から 8月にかけて Chicago、Sound Studio。サイドに Mighty Joe Young、キーボードは Bill Heid、ベース Cornelius Boyson、ドラムは Tony Gooden。
同年 9月12日、オリジナル・テイクの上にブラスとして Norval D. Hodgesと Elmer Brown Jr.( tp.)、テナーの David Baldwin、トロンボーンの Bill McFarlandを同スタジオでオーヴァーダブしています。

Pretty Lady( take 1&2)
You Don't Know What Love Is( take 1)
You Don't Know What Love Is( take 2: over-dubbed ): Alligator AL-4705
Somebody Loan Me A Dime( take 1)
Somebody Loan Me A Dime( take 2): Alligator AL-4705
Candy Kisses( take 1&2)
Checking On My Woman( take 1)
Checking On My Woman( take 2): Alligator AL-4705
The Gateway( take 1)
The Gateway( take 2): Alligator AL-4705
You Say You're Leaving( over-dubbed): Alligator AL-4705
My First Love
As the Years Go Passing By( take 1&2)
Crying the Blues
I've Changed( take 1&2)
I've Changed( take 3): Alligator AL-4705
Country Girl( take 1)
Country Girl( take 2): Alligator AL-4705
Directly From My Heart To You( over-dubbed): Alligator AL-4705
Gotta Wake Up( take 1)
Gotta Wake Up( take 2: over-dubbed): Alligator AL-4705
Little Turch( over-dubbed): Alligator TD-13(?この TD-13というのは未確認)
Going To Chicago: Alligator AL-4705
Years Gone By
Texas Flood( over-dubbed): Alligator AL-4705

これとは別にアコースティック・ギター弾き語りの

Beautiful Stranger

という曲を 8月20日に吹き込んでいるようです。
この 1974年の Alligatorのアルバムによってようやく彼は正統に評価されるようになった、と言えるのでしょうが、その翌1975年の 2月には、先の事故について過失致死罪で実刑判決が下され、刑務所に収監されてしまうことになったのでした。
本来の意味での「犯罪者」ではなく、受刑態度が良かったこと、また周囲からの減刑嘆願なども功を奏して僅か 8ヶ月で仮出獄することが出来ました。
しかし、この一件が後々、とんだ騒動に発展してしまうワケで・・・

1976年 1月28日には Giles Oakleyが監修して、アメリカ各地、ミシシッピー・デルタに始まり、都市と密接に関連したブルースと言う視点で St Louis、Chicago、Atlantaと採り上げてゆく BBCの TVドキュメント、THE DEVIL'S MUSIC: A History of the Bluesの Chicago編に Fentonも選ばれ(他には Billy Boy Arnoldや the Aces)二曲を収録しています。キーボード Bill Heid、ベースは Bob Stroger、ドラム Jesse Green。

Somebody Loan Me A Dime
You Don't Know What Love Is

この二曲は Red Lightnin' RL 0033に収録されました(現在は Indigo IGOTCD 2537に収録)。
その翌年、1977年 7月17日には再び Alligatorに

Going West: Alligator AL-4710
I Wigh For You: Alligator AL-4710
I'm So Tired: Alligator AL-4710
You Don't Know How I Feel

を吹き込んでいます。Chicago、Curtom Studio。このときのバックは、サイド・ギターに Steve Ditzell、キーボードに Bill Heid、ベースが Larry Exum、ドラム Ashward Gates, Jr.。
そして 8月 2日には残る

I Hear Some Blues Downstairs: Alligator AL-4710
Just Little Bit: Alligator AL-4710
West Side Baby: Alligator AL-4710
Killing Floor: Alligator AL-4710
As The Years Go Passing By: Alligator AL-4710
Tell Me What's The Reason: Alligator AL-4710
Look On Yonders Wall

を録音。こちらにはブラスが入っていますが、レコーディングから参加しているようです。そうして完成したのがアルバム、I Hear Some Blues Downstairs: AL 4710。
いえね、別にいいんですけど、この Chuck Nittiによるジャケットのイラストが、どうにも違和感があってねえ・・・
それはともかく、この I Hear Some Blues Downstairs: AL 4710を出して、さあ勢いに乗ってブッキング!というところで躓いたのが日本の法務省によって入国が許可されず、急遽 Eddie Taylorと the Acesというかたちになったあの騒動、日本のブルースファンにとっては「大きな」事件だったのですが、アメリカのブルース・サイトではどこも無視なんですねえ。
そりゃまあ、確かに、入国許可を出さなかったのはキミらが選んだ政府なんだからこっちはカンケー無い、ってとこなんでしょうか?おかげで、こちとら、なんか新しい事実でも出てくるか?と期待したのがもろ、コケちゃいましたよ。

ま、ケッキョクは日本側もインディーズのプロモーターだし、Fentonだってちゃんとした事務所やらマネージャーなんて存在せず、Bruce Igrauerがメンドー見てたらしいんで、そこらでツメの甘さがあったんでしょーかねえ?当時の雑誌の記事などを見てもどうも「釈然としないもの」が残るんですが・・・

それはともかく、この一件で「明らかに」日本における Fenton Robinson人気(?)は退潮気味になったのは事実でしょう。そして、それがアメリカ本国にもフィードバックされたとも思えないのですが、Fenton Robinsonがそれ以上 Alligatorに吹き込むことは無くなりました。

次に彼がレコーディングしたのは 1984年 2月 7日のことになります。
オランダのレーベル、Black Magicのために Chicago Traxで、ギター Larry Burton、ベースに Aron Burton、ドラムが Roy Robertsonでした( * — キーボードの Leo Davisが参加)。これには三日後の 2月10日、ホーン・セクションや Junior Wellsのハープがオーヴァーダブされています(ただし録音時日が後述のように 3月にまで渡っているとすると、この 2月10日オーヴァーダブ説はちとアヤしくなる)。

The Feeling Is Gone Black Magic 9005
Crazy Crazy Lovin' ( take 1)
Crazy Crazy Lovin' ( take 2) Black Magic 9005
Laundry Man ( Horns over-dubbed) Black Magic 9005
Can't Hold On Much Longer ( Junior Wells over-dubbed) Black Magic 9005
Slow Walkin'*( Horns over-dubbed) Black Magic 9005
I Lost My True Love*( Horns over-dubbed) Black Magic 9005
Sinner's Prayer* Black Magic 9005
Night Flight ( take 1)
Night Flight* ( take 2) Black Magic 9005
School Boy ( take 1)
School Boy ( take 2) Black Magic 9005
I Found Out Yesterday (Horns over-dubbed) Black Magic 9005
Crazy Crazy Lovin' ( take 3)

この Black Magic 9005、Blues In Progressはアメリカでは Alligator AL 4736、Nightflightとしてリリース。上の曲名の I Lost My True Love以降は 2月 8日録音としている資料も存在しますが、Alligatorでは 1985年の 2月と 3月に録音された、としています。

しかし、1984年と言えば、あの Kinsey Reportが結成された年であるし、時はまさに 1980年代 Chicagoの「あの」ロックのエッセンスをも吸収したパワフルなブルースへ、と傾斜を強めていくそのさなかであった、とも言えるワケで、そんななかで Fenton Robinsonの「じゃずぅい」なサウンドはクラブ・シーンなどでも聴衆を「落胆させ(とハッキリ書いておるアメリカのサイトがありました!)」どんどん支持を失っていったもののようです。
それでもそんな彼のブルースを迎えてくれるオランダで 1989年 4月、「最後のアルバム」Black Magic 9012、Special Roadが吹き込まれたのでした。
サイドにはおそらくオランダの?と思われる Willem Van Dullemenのギター、Leon Ragsdale Jr.のキーボード、そしてベースは Anthony "Big G" Hardesty、ドラムは Robert Covingtonでした。曲は

7-11 Blues / Love Is Just A Gamble / Special Road / Too Many Drivers / Baby Please Don't Go / Crying the Blues / Find A Way / R.M. Blues / Slick And Greasy / Blue Monday / Money Problem / Nothing But A Fool / Little Touch

この後、Fenton Robinsonは、ついに「商業音楽」のシーンを離れ Illinois州 Springfieldに移って、そこで若者たちにブルースの基本を教える活動に入っています。
1997年11月25日に死亡していますが 1995年の Chicago Blues Festivalでは 10万人と言われる大観衆の前に姿を表し、それが彼の最後のステージとなったのでした。


reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2006-04-24 09:03

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