Raful Neal
Raful Nealは、1936年の 6月 6日、Baton Rougeで生まれています。
彼と姉( or妹?)の Coraは早くに両親を失い、Baton Rouge郊外の Chamberlinの小作農だった叔父・叔母によって育てられました。
サトウキビを刈り取り、綿を摘む生活だったといいます。
14才でハープを始め、17才で最初のバンド The Cloudsを作りました。
そのバンドには Lester Johnson(後の Lazy Lesterです)がギターで参加していましたが、若き日の Buddy Guyの登場によってその座を譲った、とされています。(ただし Lazy Lester側の証言では『1950年代には、シカゴに行く前の Buddu Guyとともに演奏を行っていたらしく、その Buddy Guyが 1957年にシカゴに去った後、そのアナを埋めるために彼がギターを弾いていた一時期があった』と Rolling Stone誌のインタビューで語っており、そこら整合性には欠けておりますが)
22才の時に、Raful Nealは Houstonにベースを置く Peacock Recordsとサインし、最初のシングル「Sunny Side Of Love 」を吹き込みました。
続く1960年代には La Louisianeや Whitなどの地元のレーベルに録音し、ローカル・ヒットとはなりましたが、全国スケールでブレークするには至らなかったようです。
しかし、そのプレイは Little Walterにも影響を与えた、とする見方もあり、事実、地元では彼のコトを「ルイジアナのリトル・ウォルター」と呼んでいたそうですが、それってホメてないよな気がすんだけど・・・
彼がルイジアナ以外でも自分の聴衆を集められるようになったのは1987年以降のことでしょう。
Fantastic Labelでの「Man Watch Your Woman 」が同年の W.C. Handy Blues Awardの Blues Single of the Year候補となり、注目を集めたことによるものです。
1990年にはアルバム『Louisiana Legend 』、1991年には『I Been Mistreated 』と次々とリリース、また彼の11人いる子供たちのうち 9人が音楽に関わり、Kenny Nealをはじめ、ベースの Darnell Neal、ドラムの Tyree Neal、キーボードの Fredrick Nealなどは、父である Raful Nealの録音にも参加しています。
1995年には the Louisiana Blues Hall of Fameにも名を印しました。
2004年 9月 1日、骨髄の癌により死亡。


reserched by Othum: Blues After Dark


[PR]
by blues-data | 2006-08-18 19:06

[ BACK to BIO-INDEX ]