Ervin Charles
1932年 1月 3日、Louisiana 州 Port Barre で生まれる。
おそらく 10代の前半からすでに継父だった George Andrus から手ほどきを受け、ギターを弾くようになっていた、と言われますので、このアルバム、Alligator AL-4866 Lone Star Shootout での三人( Lonnie Brooks、Phillip Walker、そして Long John Hunter )よりも早い時点からスタートしていたことになります。
1952年には家族とともに Beaumont に移って Long John Hunter と同じ工場に務め、すぐにバンド、the Hollywood Bearcats をスタートさせています。メンバーはその Long John Hunter と義兄弟の Roy Stelly(ドラム。残りふたりが HouseRockers みたくギター二本でベース・パートとギター・パートを分担)。
ただし 1955年には Long John Hunter が El Paso に移るために抜けてしまったため、Ervin は Big Sambo こと Sam Young のバンド、Big Sambo and the Housewreckers に参加しています。ところが今度は Sam が西海岸に行ってしまい、そこで the Nite Riders と一緒にやるようになりました。
1960年代末ころに Sam Young が帰ってきたので Housewreckers を再開しますが Big Sambo という名前をやめ( Sambo とは、特に南米で、現地の被征服民であるインディオと、これまた使役のためにアフリカから奴隷として連れて来られた黒人との間に出来た混血をさす言葉として使われており、スペイン、あるいはポルトガル人を頂点とする人種的ハイアラーキィのなかでも「最下層」の賤民扱いを受けた層に対する「蔑称」という性格が強い。ちびくろサンボはインドを舞台とした童話であっても、「サンボ」を「非ヨーロッパ人」という意識で命名されているのであれば、それは「蔑称」である、ということで排斥の対象となった。当時の Sam Young あたりは黒人に対する「愛称」くらいに勘違いして名乗っていたのかも・・・)、Sam Young and the Soul Lovers という名前で活動を開始しています。
そのバンドでは 1972年に初レコーディングした Funky Booty が地域限定ではあったけどかなりなヒットとなり、一気に知名度を上げた Soul Lovers はクラブ出演を増やしています。

1974年、Ervin は突然ダンプカーを購入して(!)Charles Trucking(日本で言うとこの「斉藤運送」みたいなもんか?)という事業に乗り出しました。
それでもバンドでの活動は並行していたようですが、1980年あたりから Sam の健康に翳りが見られるようになるとバンドでの活動は減速し、1983年の Sam の死亡でついに Soul Lovers は活動を停止してしまいました。
Ervin は 1985年にふたたび Nite Riders を招集し、活動を再開しています。
1997年のヨーロッパでのツアーの後、テキサスに戻った彼は、プロデューサーである Tary Owens に諮って、テキサスゆかりのブルースマンで作るアルバム Lone Star Shootout を提案したもののようです。
ただし Ervin Charles 自身は、そのアルバム Alligator AL-4866 Lone Star Shootout の録音に参加はしたものの、翌2000年の 4月 1日に、完成したこのアルバムを聴かずに亡くなってしまいました。


reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2008-01-08 10:51

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