Mr. Bo
Mr.Bo こと Louis Collins は Mississippi 州の Indianola で 1932 年 4 月 7 日に生まれました。
1946 年には Chicago に移りますが、1950 年代に入ってすぐ、今度は Detroit に行っています。
ハウス・パーテイなどで腕を上げていったようですが、そこで Washboard Willie* やジョン・リー、Vernon Harrison "Boogie Woogie Red"**や Little Sonny、さらに Eddie Burns などと知りあいました。
1950 年代の晩期に彼は「 Mr. Bo 」と名乗るようになっています(ただその由来は判りませんでした)。1959 年には初吹き込みをしていますが、その時のレーベルは Northern、Big D、Reel あるいは Diamond Jim のどれかと思われます。

そして 1966 年に、兄弟の Little Mac Collins と一緒に作った「 If Trouble Was Money 」を録音。
そのリリース後、定期的にクラブで演奏などもしているのですが、彼の知名度は次第に落ちて行き、1980 年代には「忘れられた存在」になりかけていました。
ところが、1993 年に、オランダの Blues Estafette からそのオリジナル・シングルがリイシューされたのを契機に、復活がはかられ、1995 年にはスタジオ入りして再び「 If Trouble Was Money 」をレコーディングし、Blue Suit から発売されています。
しかし彼はその結実を味わう間もなく流感で死亡してしまったのでした。時に1995 年 9 月19日のことです。

*William Hensley。Georgia 州 Columbus 出身、1909-1991。31 才の時にパーカッションに目覚め、以来ウォッシュボードやフィンガー・シンバル、フライパンを身につけて「ひたすら」叩き続ける。1948 年、Detroit の北部に移り、自動車製造ラインの洗車部門に勤務。1952 年ころ、ジョン・リーや Eddie Burns が出ていた Harlem Inn にライヴを観に行った際、その時のドラマーがイケてなかったのでクルマからウォッシュボードを取って来て演奏に参加したところ、二曲目でクラブ・オーナーが毎週末、演奏してくれるよう依頼し、それから 3 年間、そのクラブでステージに立ちました。そして自分の仕事がらみの「泡─Suds 」からヒラメいてバンドを Washboard Willie & the Super Suds of Rhythm と命名。
1955 年には Little Sonny が加入。1956年、Joe Von Battle に「 Cherry Red Blues 」、「 Washboard Shuffle 」、「 Washboard Blues Pt.1 & 2 」などを初吹き込み。1957 年から 1962 年にかけて Von Battle に吹き込み。彼のドラム&ウォッシュボードに、Calvin Frazier のギター、Boogie Woogie Red( Vernon Harrison )のピアノ、Chuck Smith のバリトン・サックスというものでしたが、そのテープは George Paulus が Von Battle の倉庫から持ち出して自身の Barrelhouse Records で 1982 年にリリースするまで「眠り」についていたのですが。
他に Herculon label から「 Natural Born Lover 」と、有名な「 Wee Baby Blues 」(共に 1966 年のセッションから。 Evans McLendon のギター、 Angelo Willis のバリトン・サックス)や Big Bear/Poly 2460 186 がある。
1973 年からは各地のフェスティヴァルなどに参加していますが、1980 年代にはいると、地元の婚礼などで演奏する他はあまり出て来なくなります。家庭を大事にし、日曜学校の教師でもある多忙な生活を充分に楽しんでいたようですが、1991 年 8 月24日、Detroit で死亡。

**Loisianna 州 Rayville 生まれ。1924.10.24。まだ若いうちに一家を挙げて Detroit に移り、彼は Big MaceoDoctor Clayton の影響を受けつつも自分のキーボード・スタイルを構築していく。18才のときに Chicago に乗り込み、Lonnie JohnsonTampa Red、さらに Memphis Slim などとジャムをするようになっています。1946年には Detroit に戻り、そっから14年間、ジョン・リーのもとで過ごす。しかしモータウン・サウンドの隆盛に押されてブルースが下火になるにつれ、彼も一旦、演奏から身を引きます。それが 1971 年、ヨーロッパでのツアーに参加した彼はその反応に気を良くし、デトロイト周辺でのライヴの他に海外へのツアーも開始する。アルバムは『 Live At The Blind Pig 』など。
1992 年 7 月 2 日、Detroit で死亡。まだ 66 才でした・・・



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-02 20:16

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