C.J. Chenier
Clayton Joseph Chenier は 1957年に、あの有名な Clifton Chenierの息子として生まれています。当然、父のバンドに加わり(サックス・プレイヤーとして。後にアコーディオンも弾くようになります)音楽と関わりを持つようになるのですが、その前に Texas州 Port Arthurにいた頃には、さらなる音楽的素養を他のジャンル、例えば James Brownや Funkadelic(!)、さらにジャズでは John Coltraneや Miles Davisを聴き込むことで培っていったようです。また学校でも音楽を学び、ゆくゆくはジャズか、ファンクのミュージシャンに、と考えていたようです。
その Port Arthurのブラック・ミュージックのヒット・ナンバーを演奏するバンドでサックスを演奏していたのですが、彼が 21才となる誕生日の一週間前に、父の Clifton Chenierが、サックスを持って The Red Hot Louisiana Bandに入らないか?と尋ねたのだそうです。
彼は、「そのバンドがやってる音楽には馴染みが無かったし、どうしていいか判らなかったんだけど、みんなが助けてくれたし、そのうち、その音楽に打たれたのさ。これこそ、俺が求めていた音楽だ!と判ったんだ」というワケで 1978年に参加しましたが、1985年にはバンドの中での音の配分などから、アコーディオンに転向することを決意し、父に言わせると、最初はアコーディオンをプッシュ・プルするだけでもタイヘンそうだったようですが、その父が亡くなった 1987年には曲がりなりにも、その後を継ぐようなアコーディオン・プレイヤーと言えるレヴェルには達していたのでしょう。

父亡きあと、彼は次第に Port Arthur時代に心の中に棲みついていたらしい、かっての多彩な音楽を浮上させ始めることとなります。
そして Arhoolieや Slashにレコーディングし、New Orleans Jazz & Herritage Festivalに出演したことでポール・サイモンの目に止まり、アルバムに参加し、さらにツアーにも同行したりしています。

1994年には Alligatorと契約、翌1995年にリリースされたToo Much Funはたちまち Living Blues Magazineの Best Zydeco Album of 1995に選定されました。また同年、CNNの the John Stewart Showに出演したことで、彼の知名度はまた一段とアップします。
1996年の New Orleans Jazz & Herritage Festival、Texas州 Austinの SxSW Music Conferenceなどで彼の音楽は、多くの聴衆を踊り出させた、と言われています。
続く 1996年のアルバムThe Big Squeezeでは、さらにジャズやファンクの要素を導入し、ロックや R&Bのテイストも持たせたこのアルバムは翌1997年の Living Bluesの Critic's(批評家による) Poll Awardと AFIMによる Indie Award( for Best Zydeco Album)を獲得しました。

Zydeghostが収録された Step It UP!さらにパワー・アップして破壊力も充分です。
それだけに、古き佳きザディコを期待して聴くと、ショックは大きいかも・・・



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-03 21:58

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