Charlie Lincoln
Barbecue Bobこと Robert Hicksの兄で、本名 Charley Hicks: 別名 'Laughing' Charlie、あるいは Charlie Lincoln(ただし Charlieと Charleyの両方の表記が使われており、どちらが正しいのか「?」です)は 1900年 3月11日 Georgia州 Walton Countyの Walnut Grove生まれ。
Barbecue Bobの項でも説明した通り、Charley Hicks( Lincoln)と Robert Hicks( Barbecue Bob)、さらに James Weaver( Curley Weaver)の三人は、いわばギターに関する「ご学友(?)」でございます。三人の先生はモチロン Jamesの母である Savannah "Dip'' Weaver( Savannah "Dip'' Shepard)ね。
1918年には Hicks兄弟は一帯で演奏をしていたようで、ギターがウマかった Robertと声のいい Charleyという組み合わせがパワーを発揮していたようです。
1923年には Atlantaに移り、このあたりから12弦ギターに専念した、とも言われていますから、Barbecue Bobの項に書いた『彼らと親しかった、とされる Snap Hillによれば、この時期に Hicks兄弟は 6弦のギターから12弦に移ったのだそうです。』ってのと矛盾しますね。
どちらも、それぞれ「記憶」に残った印象からきた証言ですから、どちらが正しい、とは一概には言いきれないのですが、おそらく、Newton County時代に「まったく」12弦を弾いたこともない、とは考えにくいし、かと言って、カンゼンに12弦に転向した、ってワケでもなかった、ってえあたりじゃないでしょか?

やがて弟の Robertも Atlantaに来て、1925年には James Weaverも Eddie Mappe(こちらも以前説明しましたが、 1911年 Georgia州 Walton Countyの Social Circleの出身と思われるハープ奏者。James "Curley" Weaverとふたりでダンス・パーティなどで演奏したり、ときには Hicks兄弟も一緒に演奏もしています。彼は Newton郡では最高のハーモニカ奏者と言われていました。Charlie Lincolnの「 Lincoln」が Mappeの母の旧姓と言われる。1931年の11月14日、路上で死亡しているのを発見される。死因や事件性の有無など詳細は不明 )も Atlantaに出てきます。

Weaverはミュージシャン仲間になかなか人気もあったようで Buddy Mossによればみなが彼と演奏したがった、と。
それに比べると Charleyは、やや社交性に欠け、開放的な性格でもなかったようで、逆に言えば弟の Robert、一緒にギターを学んだ Jamesそしてそのチャンネルを通じて知った Eddie Mappeや Buddy Mossのような限られた共演者しかいなかったのではないでしょうか。

1927年には Chrley Hicksは弟も含む The Georgia Cotton Pickersや、弟とのデュエットで Columbia Recordsに初吹き込み。
このとき何曲かの冒頭に「笑い声」のように聞こえる奇声が入っていたことから「 Laughing Charlie(あるいは Charley)」の別名がついた、とされています。しかし、日常の彼はまったくそのようなキャラクターではなかった、とされてますので、はたして?
それから 3年にわたり、彼は着実にレコーディングを続けましたがそこでリリースされたのは一部に過ぎません。

さて、あまり社交的とは言えず、その人的交流範囲も限られていた、と思われる Charlie Hicksですが、1931年の10月21日、Georgia州 Lithoniaで、弟の Barbecue Bobこと Robert Hicksをインフルエンザに起因すると思われる肺炎で失ったことが彼を打ちのめしたようです。
それだけでも大きな心理的打撃だというのに、その 2ヶ月後に今度は Eddie Mappeが理不尽な死を迎え、さらにその1年後には彼の義理の妹が、おまけに 2年後には母も死んでしまい、もはや彼の音楽につながるチャンネルがすべて失われていったのですから、ヤル気を無くすのも無理はないでしょね。妻とも別れてしまいますが彼女も後に肺炎で死亡しています。1935年には父の死、という具合に、妹(あるいは姉かも?)の回想によれば、彼の人生は「死別」の連続だったらしく、このあたりから彼はアルコール漬けとなっていったようです。

1955年のクリスマスに、彼は自分の内縁の妻が殴られそうだったので、それを阻止しようとした時、相手がボトルを投げ付けたのでやむを得ず撃った、として逮捕されますが、目撃者の証言はそれを覆すものばかりで、裁判の結果、彼は殺人罪で 20年の刑を得て服役することになりました。
彼は刑務所の中でも12弦ギターを弾いていたらしく、それについては Big Joe Williamsが監獄で12弦を弾く囚人に会ったことがある、と証言していますが、それが Charlie Lincolnだとは知らなかったそうです。

彼は収監されたまま、脳出血で死亡しました。1963年の 9月28日のことです。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-03 22:53

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