Charley Patton
Charley Pattonは Mississippi州の Hinds County、おそらく Edwardsか、あるいは Bolton付近で 1891年 5月 1日に生まれたのではないか、とされていますが、もちろん(?)異説もあって、同年 4月とするもの、1889年とするもの、出生地も Gonzales Countyの Rev. P. Herronの綿花プランテーションで、とするものがあります。
また彼は白人とインディアンの血も混じっている、とも言われていますが、それについても、カリビアン、またチカーノの混血を主張する説まであり、「なにがなにやら」という状態なのですよ。

そして 20世紀に入ったあたりに、彼は両親 Billと Annieともども「伝説の」 Dockery農場に移ったもののようです。そこで触れた音楽が彼の生き方を決定したのではないでしょうか。
そして、ここで後に録音することになる数々の楽曲を身につけた、とされています。
そして Willie Brown*と出会ったのが 1911年のことでした。
やがて Charley Pattonは農場を離れ、ミシシッピー河に沿った各地を演奏して歩いたようです。1926年からは Willie Brownを相棒として演奏するようになりました。

するうち Paramountのタレント・スカウト( Mississippi Jook Bandの項でも出て来ましたし、いや、それよりは ARCに Robert Johnsonを紹介したことでその名を残した、とも言えますが) H. C. Speirの目にとまり、1929年 6月14日、Indiana州の Richmondで初録音。
この時にはサイドに別なギターが入っていますが、そのギタリストの特定は出来ておりません。(参考までに、当日、別な録音も行われており、それは Walter Buddy Hawkinsの 4曲です)

この録音に続き 10月には Wisconsin州 Graftonで Henry Simsのヴァイオリンとともに録音を行い、この時の 24曲の中に今日の Rattlesnake Bluesも含まれています。
ケッキョク 1929年から 1934年にかけて 68曲(ただし、うち 17曲は Vocalionの壊滅によって「失われて」しまっているそうですが・・・最後は New Yorkで 1934年 1月30日から 2月 1日にかけて 26曲が American Record Companyに録音されています)を吹き込みました。
やがて 1932年には結婚しているようですが、1933年には女性をめぐるトラブルに巻き込まれ、喉を切られる事件に遭遇しています。

かねてから心臓に疾患を抱えていたらしい彼が心不全で倒れたのは Mississippi州 Indianolaの近くにあった Heathman-Dedham農場で、1934年 4月28日のことでした。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-03 23:41

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