Clarence Edwards
日記で、Magic Samによる You Don't Love Me*を採り上げましたが、そこでもちょっと触れていたCOUNTRY NEGRO JAM SESSION Arhoolie LP-2018っちゅう、実にもう無神経なタイトル(ホント、ひょっとしてどっかの差別用語摘発団体みたいなのに「つるし上げ」を喰らうんじゃないか?っちゅーシンパイもあったんですが、このアルバム・タイトルはネット上で検索すればいくらでも出てきますから、ここはひとつ、すべての罪は未だにこのタイトルで販売している Arhoolieにある、っつーことで・・・)のアルバムに収録されているアコースティック(いわゆる最近のアンプラグドと称する録音は、使ってるのが生ギターっぽいけど、実際にはアンダー・サドル PUから採ってる純然たる「プラグド」でしょ。でもこれはほんまもんの「ナマ」でっせ!)による You Don't Love Me、それを演奏していたのが、この Clarence Edwardsで、兄弟の Cornelius、ヴァイオリンのプレイヤー Butch Cageと一緒に録音したものです。

Clarence Edwardsは 1933年 3月25日に Louisiana州の Linsey(あましアテにならない AMGでは Lindsayとしておりますが)で 14人の子供のひとりとして誕生した、とされとりますが、はたして彼が末っ子だったのかどうか?については判断できる資料は発見できませんでした。
そして icebergによれば Linsey、AMGでは Lindsayとされるその生地についても、Yahoo、Wikipediaおよび Googleの検索では「?」のままです。
手元にある Louisiana州の地図もカンタンなものなので載っているワケもなく、一体、州のどの辺なのか、さっぱ判りません。
ただし Linsey Road という「道」は Louisiana 州 Marksville に「実在」していますが、AMG のいう Lindsay では Hammond に Lindsay Drive があります。しかし、その位置は Baton Rouge ではなく、むしろ New Orleans 圏内にあり、以下の記述とはやや矛盾します。やはり Baton Rouge に近い Marksville の Linsey Road のほうがまだ信じられます・・・

ま、彼が 12才の時に一家を挙げて Baton Rougeへ出て来た、とされていますから、十数人の移動を考えると、おそらく Baton Rouge近郊の、もしかすると現在では市に吸収合併されちまった地区だったのかもしれません。
おそらく Baton Rougeに出て来てからギターを弾き始めたらしいのですが、彼の音楽的素養は祖母が所有していた Charlie Pattonのレコードを聴くことから始まったようで、他にも Sonny Boy Williamson(資料には Iあるいは IIの区別が無いのですが Iでしょうね?)、Kokomo Arnoldから多くを学んだ、とされています。彼のスタイルは Charlie Pattonにその多くを「負っている」という分析もあるみたいですが、歌のほうでは Howlin' Wolfの影響を指摘している資料もありました。

1950年代には the Boogie Beats(兄弟の Corneliusに Landry Buggs、そしてドラマーの Jackson Acoxからなるバンド)や the Bluebird Kings(こちらは構成メンバー不明です)というバンドに所属して周辺のブルース・サーキットを回っていたようです。

その彼が初レコーディングを経験したのが Harry Osterによるフィールド・レコーディング(実際に殆どはその演奏者の自宅や、自宅周辺で録音されたそうです)で、その時の録音は現在 CD化され、未収録曲もまとめた Arhoolie CD 372として 25曲がパックされています。
ここでの Clarence Edwardsはやはり兄弟の(いっつも言うけど、なんで兄と弟の区別をつけねえんだ?ったくぅ!) Corneliusにヴァイオリンの Butch Cage( James "Butch" Cage: Mississippi州 Hamburgで 1894年 3月16日生まれ。つまり Clarence Edwardsの実に 39才年上! 最初はギターも弾いていた、と言われるが 1911年に出逢った二人のミュージシャンから教わってヴァイオリンに移行する。1927年のミシシッピー河の大氾濫の後 Louisiana州に移り、雑多な職業を経験していたようだが、週末にはその演奏で近隣の住民を楽しませて次第にウデを上げ、1959年の Harry Osterによるフィールド・レコーディングに Willie B. Thomasとともに参加して頭角を表し、1960年には Newport Folk Festivalにも出演して注目を浴びる。時系列としてはこの Butch Cageの録音の方が Clarence Edwardsより先?って感じもするけど、Arhoolie側に Clarence Edwardsの正確な録音日時が残っていないため「?」)と組んで、この You Don't Love Meの他にも Smokestack Lightning Stack O'Dollars Thousand Miles from Nowhere を録音しています。

このアルバムの後、1970年にはカントリー・スタイルではない録音もされているようですが、そのトラックはコンピレーション・アルバムに収録されているようです。
その後しばらく彼は演奏活動から遠ざかっていたようですが、1980年代に入って Tabby Thomasに勧められて彼の店 Blues Boxクラブに定期的に出演するようになりました。
1990年には彼にとって初めての「フル・アルバム」 Swamp's the Wordを製作し、そこではアコースティックとエレクトリック両方のスタイルでレコーディングをしています(現在では Red Lightnin'で入手可能、らしい)。おそらくこの You Don't Love Meの彼を想定して聴くとあれれ?となるでしょが、逆に You Don't Love Meが特別だったのかも・・・

1993年 5月20日、Louisiana州 Scotlandvilleで死亡。彼の死後、Baton Rougeや New Orleansのクラブでのライヴ録音 10曲を含むコンピレーション・アルバム I Looked Down the Railroad が 1996年にフランスの Last Callからリリースされています。



reserched by Othum: Blues After Dark

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by blues-data | 2005-09-04 00:19

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