Clarence Samuels
Clarence Wilhelm Samuels Sr.は Louisiana 州 Baton Rouge で、おそらく 1923年に生まれたもののようです。
生年月日については 1923年、というところまでは合意(?)が出来てる(??)ようですが、「 The Dead Rock Stars Club 」というサイトではその生年月日を 1923年10月20日、としており(ですがその出典は不明。しかも、死亡日時を 2002年 5月21日ではなく 5/19 としておるところなど、はたして?という疑問も)、その一方では生年月日を10月30日とする異説 ─ Clarence Samuels was born in Baton Rouge, LA. on October 30, 1923. While in his teens he sang for his father's local group. Clarence soo... もあって(そちらは死亡日時も他の資料と整合しています)まあ、「やや」30日説が有利かな?という気もしますが、決定的、と言えるほどの根拠(死亡日時の件ね)とは思えませんしね・・・

その彼が演奏のキャリアをスタートさせたのが、やはり Baton Rougeの父親のバンド the Roseland Six(このバンドについては資料がありません)でした。ここで Big Joe Turnerとも一緒に演奏していたようで、「I Ain't Gonna Do It 」を Dave Bartholomewとともに録音もしております。

やがて自らのバンド、the Clarence Samuels R&B Bandを立ち上げ(ってのはブルース・サイドの資料では見当たらなかったんですが、この R&B Band ってのが「実際の」バンド名ではなく「それ系のバンドを組んだ」という意味ではないかと思われます)、そしておそらくこのあたりで CHESS の初期の録音に加わっていた、と書かれることもあるようですが「 CHESS 」では彼名義のシングルは発見できず、その前身である ARISTOCRAT に録音が残っています。
その ARISTOCRAT 録音では

with Dave Young's Orchestra 名義で Boogie Woogie Baby / Lolly Pop Mama; ARISTOCRAT 1001( 1947 )
個人名義で Get Hip To Yourself / Juana; ARISTOCRAT 1002( 1948 )
with Porter Killer's Orchestra 名義で Coming Home Baby / Baseball Blues; ARISTOCRAT 1003( 1948 )


の三枚があり、後に CHESS の V/A にも収録されました。
ただし 1947年の録音ではもう一曲、Dave Young's Orchestra で I Don't Love Your Mamie も吹き込んでいるのですが、その曲は 1949年になって、Jump Jackson Orchestra の Choo Choo Blues とのカップリングで ARISTOCRAT 403 として発売されています。もっとも、その曲が発売される前にすでに Clarence Samuels は ARISTOCRAT を離れており、1947年にスタートし、1949年には消えた西海岸の短命なレーベル DOWNBEAT に Clarence Samuels and Sextet 名義で二枚の SP

DOWN BEAT 131; Household Troubles / C.S. Jam
DOWN BEAT 149; Deep Sea Diver / A C Boogie Blues


を共に 1948 年に録音しておりました。
1949年には New Jersey 州 Linden で David と Jules の Braun 兄弟によって 1944年に設立され、KING Records の Syd Nathan による株買い占めで経営権を失うまで「独立レーベル」だった DE LUXE Records( DE と LUXE を「くっつけた」DELUXE Records はドイツのレコード会社になるので注意!)に

個人名義で Gimme! / Jumping At The Jubilee( DE LUXE 3219 )


を録音しています。

続いては 1949年にオーナー Sol Kahal(詳しいことはあまり判明しませんでしたが、No More Crying Over You という曲の作曲も手がけていたようです)と A&R マン Connie Johnson によって設立され、1949 年の 3月に Goree Carter の「Sweet Old Woman Blues ( FREEDOM 1502 )」を初リリースし、他には Lonnie Lyons、Leroy 'Country' Johnson、L.C.Williamsなど(特にこの L.C.の「Ethel Mae 」のヒットがレーベルに「ひとときの」安泰をもたらした、と言われています)翌1950年には姿を消したレーベル、Houston の FREEDOM Recording Co.と契約し Clarence Samuels and Orchestra 名義で 1950年の 3月に

FREEDOM 1533; Lost My Head / Low Top Inn
FREEDOM 1541; She Walk, She Walk, She Walk Pt. 1 / She Walk, She Walk, She Walk Pt. 2
FREEDOM 1543; I'm Gonna Leave You Baby / Got The Craziest Feelin'
FREEDOM 1544; Somebody Gotta Go / Hey Joe


の 8 曲を録音し、まさに 1950年の消滅直前のリリースとなりました。

ところで、あの偉大なる、ワタクシが Albert Ayler (1936-1970、tenor、alto & soprano saxophone。『My Name Is Albert Ayler』や『Spirits Rejoice』などの作品がある。詳しくは http://www.ayler.supanet.com/html/discography.html などをご参照くださいませ)の「次に」ソンケーしておる Ornette Coleman が、そのバンドに一時期、加わっておったのでございますよ!
明確な時期を示唆する資料こそ発見できませんでしたが、おそらく 1940年代末のことと思われます。ま、それがどーした?と言われれば、ちと返答に窮するのではございますが。ま、ついで、と言っちゃなんですが、Ornette Coleman はその後 Pee Wee Crayton のバンドも経験しておるハズ。
で、それこそ、それがどうした!と突っ込まれそうですが、その Ornette Coleman も Albert Ayler もそこからリリースしたジャズのレーベルで FREEDOM Records というのがあるのですが、これはまったくの別会社で、社名も 1950年に消滅したほうが FREEDOM Recording Co. その 1970年代前半に数々の「フリー・ジャズ系のアルバム」をリリースし、後に ARISTA に吸収されたほうは FREEDOM Records と微妙に違うんですねえ。

で、Clarence Samuels は FREEDOM 以降、LAMP や EXCELLO などにも吹き込むのですが、1953年あたりに BAYOU というレーベルから Goree Carter の Drunk or Sober とのカップリングで Low Top Inn( BAYOU 010。個人名義)というシングルが出ている、という資料もあるのですが、そのレーベル「 BAYOU 」に関しては、Louisiana 州 Ville Platte の Floyd Soileau(どうやら「フロイド・スワロー」と読むらしい)がケイジャン・ミュージックのために作ったレーベル、という説明が一般的( by Wikipedia )なようですが、1953年となるとスワロー君、まだ高校に入ったばっかり、というあたりで、しかも卒業後に開いたレコード店 Floyd's Record Shop から発展して出来たレーベルも(彼の苗字の発声から来た)Swallow Records であって、BAYOU などという名前はどうも出てきておりません。おそらく BAYOU が Floyd Soileau のレーベル、とするのは無理じゃないでしょうか。
おそらく正しいのは、Hollywood レーベルにレコード・プロデューサーとして関わっていた Franklin Kort が 1953年の春に設立した、とされる西海岸のこれまた「短命な」レーベル BAYOU Records のほうでしょう。同年の夏も過ぎたあたりで早くも「立ち行かなくなり」IMPERIAL に吸収されておりますが・・・

1954年の LAMP からのリリースですが

LAMP 8004; Clarence Samuels with band; Life Don't Mean A Thing / Crazy With The Beat
LAMP 8005; Clarence Samuels with band; Cryin' 'Cause I'm Troubled / Lightnin' Struck Me

の二枚のシングルで、その直前とされる BAYOU での Goree Carter とのカップリングからはもうすでに 78rpm の SP ではなく、45rpm の EP( Expanded Play の略。33rpm の 4 曲入りを EP というのは誤り)になっています。ただし、まだまだ「一般的な」黒人の家庭では SP 再生機がメインだったために、その過渡期の最初のころには売り上げが減速した、とも言われています。
この LAMP というレーベルですが、史上に現れているアメリカのレーベルとしては二種類あるようです。
一方の Herb Miller の LAMP レーベルは、あの山小屋など、電気の来ていないところで使われるランプをロゴ・マークにあしらったものですが、もう一方の、この Clarence Samuels の録音したほうの LAMP では「あの」アラジンの魔法使いでお馴染みの、一見ティー・ポットかいな?てな扁平なランプがあしらわれております。そしてある資料では、当初 New York を本拠地としていたが、後に西海岸に進出した、としており、ALADDIN の子会社である、としております。しかし ALADDIN 関係の資料で LAMP という「傘下のレーベル」云々という記述にはまだ出会ったことがないので、ちょっと「?」なんですよね。
もっともアラジンのランプ、ってことで「まことに収まりがよろしい」のは確かですが。

次の 1956年の EXCELLO では

個人名義で Got No Place To Call My Own / Chicken Hearted Woman; EXCELLO 45-2093

を録音しています。
ところで次に録音したレーベル APT ですが、これは ABC-PARAMOUNT Records が 45rpm EP、それも表裏二曲の「いわゆるシングル(というのも、45rpm EP には表裏四曲入りのものもあったからで、後にはそれが誤解されて 33rpm で四曲入りのものを EP、とするケースが出てくるようになった)」を専門にリリースするために作ったサブ・レーベルで、どうやらその名称は American broadcasting-Paramount Theatres から来ているようです。

Without You / We're Goin' To The Hop; APT 45-25028: 1958

この A-Side の Without You には「あの」Mojo Working のオリジナル・シンガー(注;作者は「白人の」Preston Foster。決してマディではありません)Ann Cole も参加。

ところで、彼は Dorothy Moultrieという女性と結婚し、七人の子供を設けております。長男は、ギタリストとして父と同じステージにも立った Clarence Samuels Jr.、そして Florida州 Orlandoにいる Dexter Samuels、Nevada州 Las Vegasの Anthony Samuels、さらに Cliffordと Edgar、そして娘の Sharonと Andrea。

Excello に録音された Chicken Hearted Woman は「おそらく」という注釈付きの Nashville 1956.となっており、バックについては名前が記載されておりません。
彼は生涯で結局 50曲ほどを残し、最後まで息子と一緒にフェスティヴァルなどにも出演していたようですが、2002年 5月21日、Baton Rougeの Jefferson Health Care Centerで死亡しました。79歳だった、と。




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by blues-data | 2005-09-04 00:54

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