Eddie Boyd
Have you ever been mistreated・・・と始まる、あの、あまりにも有名な「Five Long Years」という曲は、ホンマかいな?と疑いを挟みたくなる「資料の上でのオリジネイター」ってのと違って、マチガイ無く、彼が作った曲だ!ってのが確実なケースなのでございます。
事実、彼は製鉄所で働き(got a job in the steel-mill)それこそ 5年くらいは(正確な年数は不明ですが)ガマンして貯めたカネでこの曲を世に出してるワケで、その想いが込められた歌詞は、やはり広く支持され、記録的な大ヒットとなりました。

Eddie Boyd(本名、Edward Riley Boyd)は、1914年11月13日(25日という説もある)、ミシシッピー州 Clarksdale(Stovallとの異説あり)のプランテーションで生まれています。
1928年14才の時(15才、という説もある)にプランテーションの監督者と口論のあげくに、干し草用くま手で刺してしまい、それが原因で Memphisに逃亡し、そこで Beale Streetに出入りしてブルースに染まったとされています。
当初はギターも弾いていたようですが、Roosevelt Sykesや Memphis Slim、そして Leroy Carrなど、ピアノ・ブルースの全盛期に向かっている時代で、かつ、プレイヤーとしてのマーケットも大きいことから、ピアノに転向し、彼自身のピアノにトランペットとクラリネットを加えたトリオ The Dixie Rhythm Boysで酒場廻りをし、また、1930年代を通じ、Little Eddieや、"Ernie" Boydとして Memphisから南にも演奏しに行っていたようです。

1941年にはシカゴに移り、まず Johnny Shinesと活動をともにし始めましたが、すぐ Sonny Boy Iを知り、そのセッションに参加してからは、Tampa Redや Jazz Gillum、さらに Big Maceoなどのサイドメンとして仕事をしています。
1947年には J.T.Brownのバンドのヴォーカリストとして、初の自己名義での吹き込み(Victor)を行い、結局1949年までに計16曲、そこから 6枚の SPがリリースされています。
その翌年には Regalと Heraldにも録音していますが、本人の満足できる「作り」ではなかったようで、製鉄所(まさに Steel Millやね)で貯めたカネをはたいて自分でミュージシャンを集め、セルフ・プロデュースして発表したのが、名曲「Five Long Years」で、J.O.B.からリリースされると、1952年の10月から、実に 7週間にわたって R&Bチャートの 1位をキープする大ヒットとなりました。

ただ、そのヒットも、金銭的には満足をもたらさなかったようで、レーベルを変えて Parrotにも吹き込んだのですが、そこでの原盤が無断でCHESSに売却され、1957年までの吹き込みがCHESSに残ることとなり、その中には「24 Hours」や、「Three Degree」という、どちらも R&Bチャートの 3位にまで登ったナンバーも含まれています。
そしてその時の録音と、同様に勝手に売られた Willie Mabonのトラックとを併せて、カップリング・アルバム『MELLOW & BITTER BLUES』 MCA MVCM-22096となっていますが、それは日本独自企画のアルバムだったようです。

その後、(一説では、クルマの事故に巻き込まれ、一時演奏から遠ざかっていたとか)あまりヒットにも恵まれることはなかったのですが、1965年の American Folk Blues Festivalの一員としてヨーロッパに渡った際に、そこでの歓迎ぶりに心を動かされたのか、依然として人種差別の続くアメリカには帰らず、まずベルギー(Parisとする説もあります)に腰を落ち着け、1970年代に入るとフィンランドのヘルシンキに移り、1994年の 7月13日に死亡するまで、そこで定住し、彼の音楽を愛する聴衆に恵まれて暮らしたのです。

そしてあの Five Long Years は、いまやブルース・スタンダードとして多くのブルースマンによって愛されています。有名な 1959年の Junior Parker(しっとりとした佳いカヴァーです)をはじめとして、マディや B.B.に Buddy Guyと、様々なヴァージョンが存在してるのは、みなさまご存知の通り。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-05 14:23

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