Etta James
とってもシンプルな二つのコード、Aと Bmの間をゆっくりと「さすらう」その様が、まるで「はかない一婁の望み」と「やはりダメかも、という暗い予感」の間で揺れ動く彼女の心を表しているかのように思えて、息が詰まるような「切なさ」を感じさせる名曲 I'd Rather Go Blind。
1967年、Muscle Shoalesで録音されたこのナンバーは、いささかセンチメンタルに過ぎる、と言えなくもないですが、ま、曲の内容からいっても、このウェットさ、そしてヘヴィーさは必然だったのでしょう。

もう終ったのが判る
それはあなたが彼女と語りあっているのを見たときから
わたしの魂の奥底で「泣いてもいいのよ」と声がする
それはあなたが彼女と連れだって店を出ていくのを見たとき
ああ、もういっそ目が見えなければよかったのに
あなたがこうしてわたしの前から去って行くのを見るくらいなら・・・



彼女の本名は Jamesetta Hawkinsと言います。その Jamesettaを Johnny Otisが 1950年代半ばに前後に分割し( James + etta)それを前後入れ替えてステージ・ネームとしたものが Etta Jamesというワケ。
1938年 1月25日に Los Angelesで生まれました。
母の名は Dorothy。でも父については、明らかではありません。そのヘンの彼女の出生にまつわるストーリィについては The HEART of SOULというサイトの http://www2.tba.t-com.ne.jp/mtdy/etta.htm でとても詳しく採り上げておられますので、もしよろしかったら、そちらもどうぞ。

さて、それはともかく、その彼女は僅か 5才にしてゴスペル歌唱の才能を発揮していたそうですから、これは「天才」と言ってもいいでしょう。
Saint Paul Baptist Churchで歌う彼女は、すぐに、その声量や表現力の豊かさから注目を浴び、the Echoes of Edenという聖歌隊に属するからわら、James Earle Hines( MSNの Etta James Bio.からジャンプする James Earle Hinesは「まったく別人のジャズ・ピアニスト Earl Hines」!Professor James Earle Hinesはゴスペル・グループ the Goodwill Singersを率いる「声楽」のひと)の指導を受け、その才能を開花させています。

1950年には San Franciscoに移り、女性三人からなるグループ、the Creolettes(クレオールの女性形を複数にしたもの)を結成し、ハンク・バラードのWork With Me Annie に対するアンサー・ソング、Roll With Me Henry を吹き込みます。
これに注目した Johnny Otisによって、この曲はThe Wallflower と改題され、1955年に実に 4週にわたって R&Bチャートの首位を独占したのでした。同時に Jamesettaから Etta Jamesへの(ときには間に Peachを挟んで、Etta "Peach" Jamesとも呼ばれたようですが)改名もなされています。
つづいて同じく Modernに吹き込まれたGood Rockin' Daddy も R&Bチャートの 6位まで上り、彼女の知名度は猛烈な勢いで上昇いたしました。

また、このころには Johnny Otis御一行様とのツアーにも出ており、当時の Bo Diddleyや Little Richard、Nappy Brownに Johnny "Guitar" Watsonなどとも共演していたようです。
結局、Modern Recordsとの関係は 1958年まで続きました。

1960年に彼女は Chessのサブ・レーベル、Argoと契約し、すぐさまかなりな勢いで吹き込みを開始します。当時のボーイ・フレンドだった the Moonglowsのリーダー Harvey FuquaとのデュエットやAll I Could Do Was Cry などが次々にチャート入りする状態で、Leonard Chessはさらに彼女の音に工夫を凝らし、オーケステレーションを導入したり、あるいはゴスペルに振ってみたり、ついには 1963年の Nashville、New Era Clubでのライヴ・アルバムRock the House までリリースし、彼女の絶頂期とも言えるひと時代を作り上げたのでした。

そして 1967年、また別なポテンシャルを求めて Rick Hallの Fame Studioに入った彼女が生み出したのがTell Mama と、この曲、I'd Rather Go Blindだったのです。

それから後のことなども、前述の The HEART of SOULに詳しくアップされております。いささかドラマチック過ぎる(?)あたりは、そちらにお任せいたしましょ。

2012年 1月20日、彼女は永眠しました。

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by blues-data | 2012-01-25 11:39

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