Frankie Lee Sims
「Lucy Mae Blues」で有名な Frankie Lee Simsですが、まずは Chris Strachwitzのインタビューによる、本人の語るところを・・・

─1906年(異説では1917年生まれとなっています。なお本人によれば、13人の兄弟姉妹の一番上で、最後まで生き残ったんだそう)、ニューオーリンズで生まれた。12才からギターを弾いていたよ。
父も母もギターが弾けたし、どうやら Lightnin'はイトコらしいんだ。生まれは New Orleansだが故郷ってのは Texasだよ。なんたって10才のときには New Orleansから、Texas州北部の Marshalに移ったんだから。
父はダンス・パーティを演奏してまわってた。母も一緒にね。
その頃「I’m All Out and Down」とか、古〜い「West Texas Blues」、「Honey Is You Mad with Me」なんてのをよく耳にしたな。父がいつも弾いてたから。
最初に教わったのは「Funky Butt, Funky Butt, take it away」だけど、覚えが悪いとブン殴られて半殺しさ。だがおかげで父の持ち歌は全部マスターして、いまだって忘れちゃおらん。

う〜ん、まず生年月日ですが、本人は 1906年 2月29日(!)だ、と主張しておりますが、なんでか研究者の間では 1917年の 4月30日だ、っちゅう説が敷衍しておるのですなあ。それはつまり決定的な矛盾、「1906年は閏年ではない」っちゅーとこからも来ております。
これが 1904年や 1908年だ、っつーのならピッタシ符合するのでございますが、そこら彼のカン違いなのか、あるいはワケあってそー主張しているのか・・・

確信犯的ウソつき・・・いえいえ、ホラ吹き、の Screamin' Jay Hawkinsのインタビューなら、まあ話半分で聞いとけばいっか、てなもんでしょが、ううむ、この Frankie Lee Simsも同じ扱いされちゃってるみたいですよん。
で、そゆ扱いになっちまった原因のひとつじゃないか?ってえ情報に出くわしました。

実は Frankie Lee Simsがかって、あの King Curtis(より正確には King Curtis and the Noble Knights)の二枚のシングル、Enjoy 1000 Soul Twist (ビルボードの R&Bで 1位、ポップス・チャートでは 17位というビッグ・ヒットでおます)/ Twistin' Time と Enjoy 1001 Wobble Twist / Twisting wiyh a King ─ともに 1962年に New Yorkで録音されたもの─でワシゃギターを弾いた!と主張したせいかもしれません。

一応その件は、いやあ資料から見ても、このギターは Billy Butlerだべ、っちゅうことになって、ということは Frankie Lee Sims?やっこさんの言うこと真に受けちゃダメだぜ、てなことになっちまったんじゃないかと・・・

ま、念のために申し上げれば Frankie Lee Simsは 1960年、Fireへのレコーディングのために New Yorkに向かった、と記している資料も存在しますが、カンジンの Fireレーベル(及び関連レーベルすべて)には Frankie Lee Simsのリリース・データは存在していないのでございます(ただし 1985年に UKの Krazy Katレーベルに収録されたのが「それ」である可能性があるようですが)。
もちろん、それだけでは録るだけは録ったけどお蔵入りになっちまった、ってえだけでしょうから、一応、この時期に New Yorkにおったのは確かなんでしょう。

それでも、懐疑論者優勢な中にあって WANG DANG DULA!( htt://koti.bbnet.fi/wdd/)というサイトのレーベルごとの Discographyを扱ったページでは

ENJOY RECORDS: by Bobby & Danny Robinson

1000 - King Curtis & The Noble Knights : Soul Twist / Twistin' Time ( 1962 ; Billy Butler & Frankie Lee Sims - gtr.)

と記されてはおるのですがねえ。

主に Texas州 Crocket周辺で週末のローカルなダンス・パーティなどでギターを弾いていたようで、この頃カレッジに(たぶん)招かれて、(おそらく父から教わった古歌・古謡などを?)教えたりもしてたが、あまりカネにはならなかったらしく、2年で見切りをつけ、Dallasに移っています。

─当時の Dallasじゃ Tボーンや Lightnin'、Smoky Hoggなどとともに数少ないギタリストだったよ。
DallasではTボーンに出くわし、ふたりであちこちあたりをまわったもんさ。

1948年には Bluebonnet Recordsのオーナーに見出され、初吹き込み。
そして1953年には、あの「Lucy Mae」を吹き込んでいます。

─その後、シカゴじゃあ 42nd & South Parkwayにあった Regal Theatreで、Muddyや Screamin’ Jay Hawkins、Little Miltonに Etta Jamesとも三ヶ月ほど一緒に出たよ。

おお!Screamin’ Jay Hawkinsがここに登場するとは!

ところで、その Specialtyでの吹き込みもなかなか良い出来ではありますが、おそらくベストはその後の ACEでの吹き込みではないでしょうか。
特に My Talk Didn't Do Any Good(サイドを固めるのは B.J. Brooks─特に記載が無いけど guitar?、Willie Taylorの piano、Jack Whiteの tenor sax、そして drumsが Julius Mullinsとなってます。「I warned you,baby」とのカップリングで ACE 539としてリリースされました)はワタクシの一番の「お気に入り」でございます。

1970年5月10日に死亡し、テキサス州 Dallasの Lincoln Memorial Cemeteryに埋葬されたようですが、実際には彼の墓碑はいまだ発見されていないようです。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-07 09:36

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