Hound Dog Taylor
1971年に Bruce Iglauer をして、このブルースマンのアルバムを出すためなら新たにレコード会社を作りたい、とまで思わしめた(あ、思わしめただけじゃなく、ホントに作っちゃったんですよん。「Alligator」!)男 Theodore Roosevelt "Hound Dog" Taylor。でも、どーゆーワケかロックからブルースを眺めてる層には人気ありません。
ロック・ギタリストのみなさまからすると、スライドってえとオールマンで、Hound Dog のあのキッチャない(?)和音のスライド・アップやら、我がいとしの Ted Harvey のミョーな(「ミョーに」じゃなくね)手数が多いズンドコ・ドラムなんかが「美学」に反するんでしょうねえ。

ホントに Hound Dog Taylor and the HouseRockers の音楽ときたら、良くも悪くもめちゃめちゃユニークですから好き嫌いもハゲしく別れるようでして。
ワタクシは言うまでもなく「大」を二つ三つ付けたいくらいの「大好き」でございます。なにしろ勝手に「スライドのお師匠さん」とキメつけてるくらいですから。
彼のギターは Vestapol Tuning のオープンEでございます。スライド・バーは真鍮製のパイプ(あ、ただし Alligator のサイトの BIO' では「鉄製のパイプ」、あるいは「キッチンのイスの脚をぶった切って作った真鍮メッキをされた鉄パイプ」となっていますが)。
Hound Dog の 1st アルバムでは、いつも出演していた Florence's Lounge で使っていた Sears Loeback / Silvertone のアンプ( ALTEC の10"を 6発)を使ってたようです。
後には Bruce Iglauer によって Fender Super Reverb が提供されたみたいだけど、それにつなぐだけで「あの音」が出たんだって!
Carey Bell が Marshall でも JC でも自分の音を出してた、っての思い出しちゃいますね。さすが!
収録されたのは
She's Gone / Walking The Celing / Held My Baby Last Night ( James/Josea ) / Taylor's Rock / It's Alright / Phillip's Theme / Wild About You, Baby ( James ) / I Just Can't Make It / It Hurts Me Too ( Whittaker ) / 44 Blues / Give Me Back My Wig / 55th Street Boogie

この 1st アルバム AL-4701 Hound Dog Taylor and the HouseRockers の初回プレスは僅か 1,000枚だったようですが、Bruce Iglauer は、それを自分のクルマに積んで Chicago から New York に至るロック専門局などに託し、その実績をもとに、FM ステーションでオン・エアされてるアルバムだ、とレコード店に売り込んで歩いたようです。
この 1971年の 5月25日と 6月2日の二回に分けて Chicago の Sound Studios で録音されたトラック( 20 乃至 30曲、と言われる)は、この AL-4701 Hound Dog Taylor and the HouseRockers に続く 1974年の AL-4704 Natural Boogie、さらには 2004年の AL-4896 Release The Hound(には Walking The Ceiling / Phillips Screwdriver / Gonna Send You Back To Georgiaの三曲だけ)としてリリースされたのでした。
Natural Boogie に収録されたのは
Take Five(あのジャズ界で有名なブルーベックのテイク・ファイヴとは「なんのカンケーもありません」) / Hawaiian Boogie ( James ) / See Me In The Evening / You Can't Sit Down ( Clark, Muldrow & Mann ) / Sitting At Home Alone / One More Time ( Phillips ) / Roll Your Moneymaker / Buster's Boogie / Sadie / Talk To My Baby ( James ) / Goodnight Boogie

そのダーティでパワフル、ガッチャガチャ(?)なサウンドは一部から「熱狂的に」支持されています。
でも、どうしてだか、あの歪んだ音でのスライド(それもメロ主体じゃなく和音チックなの)ってのは、ロック系ギタリストには人気ないんですよね。ま、いいんだけど。
ところでその 1971年の録音からはさらにもう一枚のアルバムが作られています。
それが 1982年に発売された AL-4727 Genuine Houserocking Music で、その収録曲は
Ain't Got Nobody / Gonna Send You Back To Georgia / Fender Bender ( Phillips ) / My Baby's Comin Home / Blue Guitar / The Sun Is Shining ( James ) / Phillips Goes Bananas ( Phillips ) / What'd I Say ( Charles ) / Kansas City ( Leiber & Stroller )


その Hound Dog Taylor のギターは、ギター・マガジンによると日本製の KAWAI S-180 と SH-40V(弦高はかなり高そう!それぞれファースト・アルバムとセカンドのジャケ写から)らしく、それに1972年の Ann Arbor Blues & Jazz Festival では、これまた日本製の Teisco SPECTRUM 5 らしいのですが、異説( SevenSeas とかゆうプラックがヘッドにあった、と言う。KAWAI の OEM 先かも?)もあります。
ともかく、かなりの数のステージをクラブなどでこなしてますから、時によってはどっかからチョータツしてきたギターなんてコトもあったりして?(一応 Fender も一本持ってたみたいなんですが、そのモデル名は不明です)

ここで有力な情報をゲット!1972年あたりから、彼のギターの巻き弦はぬわぁ〜んと「フラット・ワウンド」だったんだって!(イグロアの証言)判る?フラット・ワウンド?つまり、ワタシのベース弦みたく、表面がツルっとしてて「滑り」がものスゴくいいワケ!そのぶん高いんですが、キモチ判るなあ。
で、そいつをオープン E にチューニングしちゃうワケですが、E-B-E-G#-B-E とゆーチューニングとなり、スパニッシュとの一番の違いは両端(つまり 6弦と1弦ね)がコードの「主音」である!っちゅーコト。これ、とっても大きいんですよん。
特に1弦は効きます。殆どのバヤイはスライド・バーで複数の弦を押さえてプレイするんですが、時々混ぜたいシングル・ノートのスライド、ゼッタイ1弦でやるほーが気楽なんざます。そのぶんラフに出来ますから「多少」お呑みになっておられましても弾き損じ「にくい」のではないかと・・・

さてその Theodore Roosevelt "Hound Dog" Taylor ですが、1915年(本人の言。一説では 1917年) 4月12日、Mississippi 州の Natchez で生まれています。
僅か 9才のときに、継父によって身のまわりのもの全部を突っ込んだ紙袋を渡され、「出て行け」とショットガンで脅された、なんてエピソードがあるようですが、実際にショットガンの銃口を向けられたかどうかはともかく、彼を知るひとたちの証言では、確かに「追い出されたようだ」というのはホントらしいです。結局、姉を頼って生きていった、っちゅうことらしいんですが。
20才になるまで、本気でギターを弾いたことはなかった(最初に触れた楽器というのは実はピアノだったんだそうな・・・それがあのスライドとは、どしたって結びつきませんが)そうなんで、かなり晩くから始めたことになりますね。
主にデルタ周辺のジューク・ジョイントやハウス・パーティで演奏をしていたようです(ただし、ギターばかりではなく、ピアノでも演奏していたようです。また、本人へのインタビューによれば、Rice Miller にロックウッド、そしてワタクシが Ted Harvey の次に好きなドラマー、Peck Curtis 大先生と一緒にキング・ビスケットのシゴトもしてたそうです)。
しかし、1942年には、なにやら女性をめぐるトラブルに巻き込まれ(一説では Mississippi 州で、白人女性にちょっかいを出したのが KKK に知れ、追い回される身となり、その日は下水溝に身を隠してなんとか見つからずに済んだものの、次の日には街を脱出!)、姉のいた Chicago に逃げ込んだみたいです(この姉が、家を追い出されて頼った姉と同一人物であるのかどうかは確定できませんでした)。そして、そこには二度と足を踏み入れなかった!

Chicago ではサウスサイドあたりのクラブやラウンジに出まくってたよーですが、まだそれで喰っていけるワケではなく、およそ 15年ほどは様々なデイ・ジョブを持ちながら、夜はクラブで演奏、という生活だったようです。
レコーディングにしても、マイナーなレーベルに 2曲を入れてはいたのですが、それで道が拓けたワケではありませんでした。
1957年あたりに、彼はギターの演奏スタイルを大きく変える(レギュラー・チューニングから E オープンへ!)こととなるのですが、どうやらその契機は Elmore James からのものではないか、といわれています。
ここでスライドに転向したことで「あの」Hound Dog Taylor のスタイルが生まれているんですねえ。
そして、彼の運命はトツゼン大きく変わることになるんですが、その中心となったのが、有名な Bruce Iglauer です。

1969年、まだ大学生だったブルース・イグロアは、シカゴのライヴで、ひとり飛び入りでプレイしたハウンド・ドッグを見ているのですが、その時は「たいしたミュージシャンじゃあない」という印象だったそうです。
それが1970年の2月に Florence Lounge で Houserockers としてのステージを観て、そのパワフルでダンサブル、とことん楽しませるサービス精神( 2,3時間は平気で弾き続け、タマのトイレ休憩をはさんでケッキョク 5時間なんてこともあったそうで)などに「原石の輝き」を見出したんでしょうね。まさにシカゴのサウス・サイド以外では殆ど知られていなかった彼らのサウンドを紹介するために自らのレーベル「Alligator」を創設し、1971年から、計5枚のアルバム(すべて他のアーティストによる Hound Dog Taylor A Tribute、本人だけど、ただ一曲、Ain't It Lonesome? 以外はすべて既発売アルバムからの寄せ集めである Hound Dog Taylor DELUXE EDITION を除く)をリリースしています。
1974年のライヴ( Illinois 州 Evanston の Northwestern University での 1月18日のステージを WXRT-FM のために録音したものと、同年11月22から24日にかけての Ohio 州 Cleveland の Smiling Dog Saloon でのステージを、これも WMMS-FM のために録音していたもの)を収録したアルバム、AL-4707 Beware of the Dog
Give Me Back My Wig / The Sun Is Shining ( James ) / Kitchen Sink Boogie / Dust My Broom / Comin' Around the Mountain / Let's Get Funky / Rock Me ( Broonzy-Crudup ) / Freddie's Blues
や、同じく 1974年の録音に 1971年12月に Massachusetts 州 Cambridge の Harvard University で行われたライヴでの
She's Gone / It Hurts Me Too / The Dog Meets The Wolf

を収録したテープの音源と、同じ 1971年ながら、どうやら 1973年の録音も混じっているらしい、Chicago、Sound Studios での収録曲
Walking The Ceiling / Phillips Screwdriver / Gonna Send You Back To Georgia
の三曲(ただし、Walking the Ceiling と Gonna Send You Back To Georgia は既に AL-4701 Hound Dog Taylor and the HouseRockers と AL-4727 Genuine Houserocking Music に収録されておりますから、別に確かな資料があって言うんじゃないけど「なんとな〜く」Phillips Screwdriver ってのが 1973年 9月の録音「くさい」気はします・・・)、さらにこちらは Australia、Sydney での ABC-TV、あるいは 2MBS-FM のための録音から起こした See Me In The Evening 〜 It's Alright も加え、AL-4707 Beware of the Dog ではセレクトされなかったソースから
Wild About You, Baby / What'd I Say / One More Time / Sadie / Sitting At Home Alone / Things Don't Work Out Right ─ 以上 1974/11/22-24 の Smiling Dog Saloon

および
Sen-Sa-Shun ─ こちらは 1974/1/18、Northwestern University
などを収録した AL-4896 Release The Hound も出て、これは WINNER OF THE 2004 BLUES MUSIC AWARD FOR "HISTORICAL ALBUM OF THE YEAR" に選定されています。

さて、HouseRockers の残り二人のメンバーですが、ローズ指板の Fender Telecaster を弾く Brewer Phillips は1959年に「就任」(ただし、昼のシゴトが多忙なときには代理として Lefthand Arthur Grey、Lefthand Frank、Lefty Dizz など、なんでか左利きのギタリストばっかが入ったそうです)。舞台裏のでっかい段ボール箱の中で寝てしまい、ステージ開始直前まで発見されなかった、なんてエピソードがあるドラムの Ted Harvey は1965年に「正式な」メンバーとなり、1975年に、ささいな冗談がもとで Brewer Phillips が Hound Dog Taylor に「撃たれる*」まで続きました。

* ─ 当時 Hound Dog と Brewer Phillips は「仲が良すぎて(?)」なかなかタチの悪い冗談を言い合っていたそうなんですが、それはもっぱら相手の奥さんと「お前が留守の間によろしくやったぜ」みたいなジョークを(かなりタチ悪いジョークだよね)アイサツがわり(??)にしてたらしいんですが、ある日、ムシの居所が悪かったのか、Hound Dog がいきなり、いつものジョークをクチにした Brewer Phillips にハラを立ててピストルで撃ってしまったのでした。
脚を撃たれた Brewer Phillips はそれからしばらく交際を絶った(当たり前だよね)のですが、その Hound Dog の癌が悪化して死が近づいていることを知った Phillips(あ、蛇足ながら、Chicago では誰も彼のことを Brewer とは「呼ばない」そうです。なんでか、必ず Phillips と言う、と)はついに彼を見舞うことになります。

9月から入院はしたものの、すでに癌が悪化して、死の床にあった Hound Dog Taylor を Brewer Phillips が見舞いに訪れ、和解したその二日後、Theodore Roosevelt Taylor は死亡しています。1975年12月17日、59才でした。
「俺が死んだら葬式はすんな。パーティにしてくれ!」が口癖だったとか。
彼の愛用していた「あの」ギター二本は、奥さんの Freda によって Bruce Iglauer に贈られたそうです。
1984年、ブルースの栄光の殿堂入り。


reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-08 00:35

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