Huey "Piano" Smith の音楽は一応「ニューオーリンズ R&B 」と呼ばれたりしているようですが、彼本人は「 Rock'n'Roll 」という認識だったみたい(あるいは、あまし「こだわってなかった」かも?)です。
その音楽にはどうみても「あてはまりそうもない」単語(概念、形容詞など)を羅列してみるってえと、「陰影・静諡・重厚・内省的・叙情性・哀愁・緻密・繊細・渋い・ロマンチック」なんていうとこでしょうか。 なんたって聴けばスグ判るおバカなパッパラパー系(?)の「お祭り」ノリで、おちゃらけ、脳天気、駄洒落みたいな語呂合わせ、「楽しくやろうぜ」ってのが至上命題でございます。ここはひとつ「浮き世のウサ」を忘れて、さあ御一緒に! Huey Smith は 1934年の1月26日(1/2とする資料もあります)、New Orleans に生まれ、14才ですでに自分のバンド、Honey Jumpers を作っっていた、というハナシもありますが、ピアノを弾き始めたのは15才から、という解説もあり、その時はまだピアノやってなかったんでしょか? 彼のピアノ(不当に低く評価されている・・・by Ron Wynn of A.M.G.)は Professor Longhairの影響を受けている、とされていますが、有名な曲あたりじゃピアノよりコーラスがド派手なんで(っていつだってそうだけど)あましピアノがどうこう、ってえもんじゃないよな気がしますね。 ま、確かに右手にはそのケが見てとれるけど、左手はちとシンプルなのよねん。 50年代になると彼は Earl King や Guitar Slim のバックを務め(1953年には SAVOY に「シンガー!」として在籍─ by 鈴木啓志氏)、すぐに名の知られたセッション・ピアニストとなりました。 ニュー・オーリンズ R&B シーンでは「 I Hear You Knockin'」で知られる Smiley Lewis や Lloyd Price、そして Little Richard などの録音にも参加しています。 ’50年代中期からは自身のグループ、Clowns を始め、地元のブルース・シンガーや女性ヴォーカルを採用しました。 リード・ヴォーカルとして、「女性の声で歌える」 Bobby Marchan も在籍しています。 1956年に ACE と契約した彼は「 Rockin’ Pneumonia and the Boogie Woogie Flu 」で、1957年の R&B チャートの 5位をマークしました。 しかし、彼の最大のヒットはこれじゃなく、翌1958年、両サイドがヒットした「 Don’t You Just Know It / High Blood Pressure 」のカップリングで、こちらはポップ・チャートの10位、R&B 5位の最高ランキングを記録(ただし、AMG の Ron Wynn によれば、9th/4th prz )しています。 1959年には「 Sea Cruise 」を出しラジオ局でのパワー・プレイの可能性を探っていましたが、ACE はこの曲を(バッキング・トラックをそのまま流用して)10代の白人 R&Bシンガー Frankie Ford に歌わせてリリースし、結果は全国的なヒットとなりました。 彼は「 Rockin’ Pneumonia 」のヒット以降、似たような病気ネタの曲を送り出したがヒットにはいたらず、Bobby Marchan も自分のソロ、「 There Is Something on Your Mind (FIRE 1960)」が R&B チャートの 1位をマークしたのが機になったのか、Clowns を去っています。 その後釜として、女性ヴォーカルとして Gerry Hall と、男性ヴォーカルの Curley Moore を入れて、活動を続けていますが、翌1962年の ACE でのシングル「 Pop Eye 」を最後に、クラウンズだけではなく、最終的なグループ、Hueys & the Pittar Pats でも、再度チャートに登場することもなく、さらに彼自身が「エホヴァの証人」に入信(!)したことにより、彼の名は音楽産業から永遠に消え去ったのでした。 アルバムは『 Having a Good Time 』 Ace 1004( 1959 )など。 by blues-data | 2005-09-08 09:42
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