J.B. Hutto
こんなことを言うのはホントに失礼だとは思うんだけど、この J.B.Huttoって、どの曲を聴いても、なんだか小モノっつうか、ぜんぜん重要人物じゃない、ってゆーハカナいプレゼンスを感じてしまうんですが、でも、モチロンこのひとのファンだっちゅー方もおられるんでしょね?
彼のスライドだって、悪くはないんですよ。それなりのドライヴ感だってあるし、スライド・テクニックだってモチロン、ワタクシごときが足元にも及ばないレヴェルでございまして、破綻の無いそのスライド・ワークはとってもベンキョーになります。
でもねえ、動かないのよ。
骨盤が。
軽いとかゆーんじゃなく、おそらく人格がいささか「高潔」であらせられるんではないか?なんてアホな思いに囚われるほどのクリーンなイメージ。
それが逆にミリョクになりきれてない、と言うか・・・

Lil' Ed( Ed Williams)ってのは、この J.B.Huttoの甥なんですが、まあ、ありていに言えばワタシとしちゃあナマで聴くならそっちのほーがいいな、っつー気分ですが、この Huttoおじさんだって決して「良くない」ワケじゃありません。
ただ、なにかいまひとつ決定打が無いのよねん。

Joseph Benjamin Huttoは 1926年、South Carolina州の生まれです。
しばらく Georgia州で暮らしてたようですが、その間に the Golden Crowns Gospel Singersに参加して、音楽への第一歩を印しておるようでございます。
16才の時に Chicagoに移り、ギターを独習で学び、Johnny Ferguson & His Twistersの一員として演奏活動を開始しました(ただし、当初はドラムだった、とする資料も)。
自分のバンド Hawks( George Mayweather-harp / Porkchop Hines-washboard / Joe Custom-rhythm guitar)を結成し、1954年には Chanceに初吹き込み、その時の 9曲の中から 6曲がシングルとして発売されていますが、さしたる評価は受けられなかったようです。
このオリジナル Hawksが破綻した後、彼は葬儀屋ビジネスに専念し(?)そこそこいい暮らしはしていたらしいのですが、1964年にギター 2本とドラムだけ、ベース無し(さよう、それって「まんま」 Hound Dog Taylorの HouseRockersじゃん?モチロンそのスタイルは Hound Dog Taylorが「先」)っつー新生 Hawksを結成し、そっからは「ブルース一直線」!フルタイム・ブルースマンとなったもののよーです。
ただし、その Hawksでのレコーディングの最初のセッションではエレクトリック・ベースも参加してるそうですが。

1976年に Hound Dog Taylorが死ぬと、その HouseRockersを受け継ぎ、ライヴ活動もしてますが、このパッケージでの録音はありません。ケッキョク彼は別に New Hawksを結成し、そちらとレコーディングやツアーをしています。

ま、正直なとこ、HouseRockersに J.B.Huttoじゃ「力不足」なんて言ったらかわいそ?
Hound Dog Taylorのプレゼンスにはちょっと(どころじゃない、と個人的には思ってますが)及ばないんじゃないかなあ。ま、それでも全身ピンクのスーツに身を包み(ってオメエは林家ペーか?)、50フィートの( 100フィート無いの?負けてるぞ!)コードでギターとアンプをつないでテーブルに飛び乗って演奏したりもしてたようですが、さしたる伝説にもなってない、ってのは、やはり演奏の中身そのものが「凄く」はなかったから、と言うのはキビシ過ぎるかな?
1983年死亡。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-08 14:10

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