Jerry McCain
Jerry McCainは1930年6月19日に Alabama州の北東にあり、Huntsvilleと Birminghamのほぼ中央に位置する Gadsdenに生まれています。
5人の子供のうちの1人で、父は小作農として、現在はレース・コースになっている Talladega周辺の綿花畑で働いていたそうで、かなり貧しい生活だったようです。
彼にはハープを吹く伯父さんが何人かいて、母もギターを弾いていたようですが、そちらはもっぱら教会での演奏がメインでした。
そんな彼がブルースの洗礼を受けたのは、そのあたりをシマとして演奏していた Mutt and Jeffみたいなふたりのストリート・ミュージシャンによるものです。
ノッポのほうは Chick、チビは(案の定?) Shortyと呼ばれてたんですが、まだ小さかった彼はこのふたりの後を追って演奏を聴き、時には一緒に演奏もしたそうですが、これがブルースに向かう彼のベクトルを決定したのかもしれません。

すでに 5才で Gadsdenの街頭で演奏をしてチップを稼ぐ腕を発揮していたそうですが、早くも Jerry "Boogie" McCainというニック・ネームをもらっています。
10代に入るころには Sonny Boy Williamson や Sonny Terryのマネも始めているようですが、やはり、彼に決定的な方向づけを与えたのは Little Walterのブルースでしょう。
やがて地元の放送局、WETOに番組を得てジャグバンドのフロントマンとして出演するようになります。
モチロンその番組は Sonny Boy Williamson IIをメインにギターの Willie Love、ドラムの James "Peck" Curtisのセットで Arkansas州 Helenaの KFFAで1941年から始まった、あの有名な「 King Biscuit Time」をマネたものでした。
その後、彼は自分で Alabamaの Shuler Avenueにあったスタジオでシングルを作り、あちこちのレコード会社に送りつけてみたりもしたのですが、なかなか相手にされなかったようです。
しかし1950年代に入るとひとつのチャンスがめぐってきます。Gadsdenの Will & Elmer's Cafeで出会った Christopher Collinsというギタリスト( Chris Collinsとしても知られています。大工でもあった)をメンバーにして組んだことにより、なにやら離婚調停で稼いだカネ(?)、ってのをバンドの装備を充実させるために使えたのが大きかったのではないでしょうか。

1952年に Little Walterは Checker Recordsで、「Juke 」と「Can't Hold Out Much Longer 」というヒットをとばしていますが、プロモーションのために Gadsdenを訪れた際に「この町にゃあマトモな酒(コーン・リカー)は無えのか?」ってゴネ(?)てた Little Walterを兄の(もち Jerryの兄ね。あ、弟かもしんない?) Snookこと Rooseveltと一緒にクルマで何箇所かの密造所を案内してやったことですっかり親しくなり、ライヴにも呼ばれるようになったようです。

やがて独立レーベルのひとつで Lillian McMurryの Diamonds Recordsが彼のバンドをオーディションに招いてくれました。
そしてここで行われた1953年10月10日のセッションから「East Of The Sun 」と「Wine-o-Wine 」も生まれています( Trumpet 217)。
前評判では彼女( Lillian McMurryね)はとってもフェアな人間だ、と聞かされていたようですが、最終的には、一枚売れると「 0.5セント」というヒドい契約になってたそうですよ。
この時のメンバーはテナーに Bernard Williams、ピアノ Dave Campbell、ベース Herman Fowlkes、ギターに Chris Collins、そしてドラムは彼の兄(ここはちゃんと「兄」と判明しとりますのじゃ)の Walterなんですが、これがヒドいドラマーだったらしいんですよ。彼によると「 Walter, who couldn't drum worth shit」だって。でもクルマを持ってたのは彼だけだったのでメンバーだったみたい。
Gadsdenから Lillian McMurryの家具屋の後ろのプリミティヴな小さなスタジオがある Mississippi州 Jacksonのダウンタウン、Farish Streetまでは 600マイル(ほぼ1,000km近く)もありますからね。

次のレコーディングは1954年の11月4日、基本的には Williams、Campbell& Collinsの基本(?)はそのまま、セカンド・ギターとして J.V. Turnerが加わり、ベースが Raz Rosebyに、くそドラムの Walterのかわりに Junior Blackmanが入っています。
この時の録音では「Stay Out Of Automobiles 」とそのカップリング「Love To Make Up 」 Trumpet 231がリリースされました。
Stay Out Of Automobiles 」は、「クルマにまつわる、ありとあらゆるトラブルの歌さ。あのジャクソンまでのドライヴでオレたちが経験したエンジン・ブロウやツルツルのタイヤ、クソいまいましいおんぼろダッジのね」この当時の録音は Trumpet LP 701に収録されています。

やがて彼のもとに掛かってきた一本の電話が大きく運命を左右することになります。
Nashvilleで1950年代の初期に Nashboro recordsを設立した Ernie Youngは、まずゴスペルから始め、次第にブルースにも手を伸ばしてきていたのですが、そのためのセカンド・ロゴとして Excelloを設け、Crowleyの J.D. Millerとともに南部一帯のブルースを独特のスタンスで採り上げて成功を収めていきます。
その Ernie Youngによって1956年に Nashvilleで録音されたのが「 A Things Ain't Right」でした。
1955年から1957年にかけて Jerry McCain and His Upstartsは Excelloにレコーディングをしていますが、すべて Nashvilleで行われ、この曲とカップリングとなった「Run, Uncle John! Run 」や「Courtin' In A Cadillac (2068)」などを残しています。
この時を回想する Jerryの証言によれば、ともかく Ernie Youngはベースをオフぎりぎり、場合によっちゃ聞こえなくてもいい、ってえレヴェルで録るのを好んだそうで、Jerryはもっとベースを「オン」ではっきり聞き取り出来るようにしたかったらしいのですが、そこはオーナーの権限(?)で押し切られてしまったもののようです。
てなワケで、ベースは居てもずいぶん軽視されちゃってたみたい。

Ray Harrisや Seymour Heller、それに Ed Cobbらからなる AVIは1970年代の晩期に Excelloのストックと Woodlandスタジオを Crescent Corporationから買取り、リマスターして AVI/Excello The Best Of Jerry McCainとして1995年に発売しました。
そしてその後 AVIは手持ちのソースを今度は Rhinoに売却し、結果 Rhino CD 70896としてリリースされています。

ただ、先にも述べた Ernie Youngの独断的なやりかたは彼にかなりのフラストレーションを与えたようで、それに対抗するかのように自宅での録音も行っています。
そのテイクは1981年に、オランダのレコード会社を経営する Martin Van Olderenによって White Label(LP 9966 Choo Choo Rockとしてようやく世に出たのでした。
ただし、このリリースに関しては、彼とレコード会社の間で、いささか意志の疎通がよろしくなかったようで、Jerryは「ダマサレた」という印象を持っているようです。

1959年には Gary Sizemoreをマネージャーとして契約、それから1980年代まで続くおよそ 26年間の(よくモメた)関係となります。
このマネージャー自身もレーベルを持っていて、そこから「リース」したりもしたため、1960年代にはかなりの混乱があったようです。
ま、それでワリ喰ったのが Johnny Vincentと Ace Recordsかもしれませんね。

短い期間で終わった二度の結婚の後に出会った Jean Spanksとは 1997年に彼女がガンでこの世を去るまで、なにをするのにも一緒、という幸福なケッコン生活を送っていたようですが、現在は Gadsdenで孫の Joeと一緒に暮らしているそうです。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-08 22:23

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