Joe Hill Louis
ギターを弾きながら歌うだけじゃなく、ハーモニカはスタンドで、しかも足ではドラムも、ってゆう One Man Bandのひとなんですが、1952年の Sun Recordsへの吹き込みでは、ちゃんとバック・ミュージシャンのみなさんがついておるのでございます。ハープは Walter Hortonらしいですよ。

1921年 9月23日、Tennessee州の Rainesで生まれた Lester(あるいは Leslie) Hillはその生まれた家庭を 14才の時に飛び出して Memphisの裕福な一家で暮らした(?)ってのが複数のバイオグラフィーにあるんですが、「なんじゃそりゃあ!?」
ま、生まれた家がイヤになって逃げ出す、ってのはよく(でもないか?)ありそーだけど、それがなんで裕福な家庭で暮らせるワケ?それ、どっから出て来たの?ううう、ナゾだす。
ところで、その時期のことだと思うのですが、ケンカで相手をノシて勝ったことから、ボクシングのチャンピオン「Joe Louis」の名をいただいて、Joe Hill Louisになったんだって。
その彼が最初に覚えたのがハープらしいのですが、やがてギターとドラムも、ってふうに発展してったものと思われます。
1940年代の終りころには彼のワンマン・バンドは Handy Parkではありふれた光景となっていたようで、また、Memphisでスタートした放送局 WDIAで 15分の番組のホストを務めるようになったことで、かなり知られていったのではないでしょうか。
彼の初録音は 1949年に Columbiaに行ったものだ、と言われておりますが、その他イロイロなマイナー・レーベルにも吹き込んでいたようで、例えば、1950年には Sam Phillipsの初期のレーベルだった Phillipsに吹き込まれたとゆう「 Hydramatic Woman 」なんてのが知られておりますが、(そこらの事情がまだイマイチよく判らないのですが) Sam Phillipsは Joe Hill Louisの契約を RPM-Modernに「売って」しまい、1953年まではそちらで吹き込んでたらしいのですが、でも「 We All Gotta Go Sometime」は 1952年ですが Sunからですねえ。そこらどうもよく判りません。
まったく資料が無いブルースマンってのも、書くのに困りますが、こんなふうに資料があっても「アヤしい」ってのもなんだかなあ。
他には Checker、Meteor、Big Town、House of Soundなどにも録音があるようですが、有名なとこでは The One Man Band / Joe Hill Louis ( Muskadine Records 101)』でタップリ聴くことが出来ます。
Joe Hill Louisは Sun Recordsに戻り、ソロとして、あるいはスタジオ・ミュージシャンとして活躍を開始したようですが、1957年に親指に傷を負い、そこから感染した破傷風によって、35才という若さで死亡してしまいました。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-10 07:43

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