Joe Wilkins
Joe Wilkinsのヴォーカルは、ワタクシのもっとも苦手とする、震えながら語尾を伸ばすってのが時たま出てきて、そこではちょっと引いちゃうんですが(あ、えどすりちゃまは逆にそれケッコウ好きみたいですね。先日 Johnny Shinesのとこを拝見させていただいてましたら、同じ系列としてブッカ・ホワイトとリトル・ブラザー・モンゴメリーの名が挙がってて、それ見たワタクシは「あ、それでか?」とギモンが氷解いたしましたですよ。ワタクシ、実はシャインズはもとより、ブッカ・ホワイトとリトル・ブラザー・モンゴメリーも「生理的に」ダメなんですが、それがえどすりちゃまのブンセキによって「震える語尾伸ばし」的ヴォーカルにキョヒ反応を起こしてるんだ、と改めて確認できたのでございました。─とは言っても、ワタシゃダメだ、つっても、その人たちのブルースがダメ、っちゅーことじゃありません。好き嫌いと存在価値はちゃいますから)、そこに目をツブればリキみもなく、なかなか味のある歌いっぷりと言えます。

なんてゆうと、その手の語尾を伸ばして、音が揺れるのが「非ブルース的歌唱」だ、などと決めつけておるように思われるやもしれませんが、そーではおまへん!
このようなヴォーカルの系譜が「アメリカ黒人のブルースの伝統の中に存在しているのは確か」であり、語尾を伸ばすとブルースじゃない、なんて誤った先入観を形成してしまうと、それはずいぶん偏った認識である、と言うべきでしょう。

一方の彼のギターは、My Grey Ponyという曲などでは、テーマに合わせたのでしょうか、キュートなギミックを満載して小さな馬の雰囲気を演出してるよな気がいたしますが、ま、そー思うのはワタシだけかもしれませんね。
にしても、ずいぶんと自由自在なギターではあります。緩急自在、表現言語を豊富に持った、なかなかの「手練れ」と言ってよいのでは?

Joe Wilkins(もっと有名な Joe Willie Wilkinsとはモチロンまったくの別人でございます)は世界大恐慌以後にギターの伴奏部分のあり方がより積極的になり、都会の聴衆の鑑賞に耐える演奏を目指す中から、次第に主張や個性を持ち始めていったデルタでのブルースの変化を、1935年という、ごく早い時期に録音として残した中のひとり、として位置づけられるのではないでしょうか?
彼は Mississippi州の( Mississippi Jook Bandの Blind Roosevelt Gravesが生まれたんじゃないか?と言われてる Meridianの 27kmほど北に位置する) Crawfordで生まれているようですが、生年月日は判りませんでした。
どうやら 16人の子供たちの中のひとりだったようで、それもあってか、早くから独立を目指してたんでしょか?ギターは 4才半から(それも自分で作って!)始めたといいますが、その歳じゃあ、んなこと考えてるワケぁ無いよね。
それでも 10代に入るとすぐに曲を作るようになっていた、といいますからやはり早熟であったことは確かなようです。
1920年代には南部一帯でハウス・パーティなどで演奏しながら放浪の旅を続け、Alabamaでは大恐慌の最悪の時期を迎え、そこで彼は「都会」たる St. Louisを目指し、そこに腰を落ちつけることになりました。
そこにはすでに Paramountや Vocalionに録音の経験もあったいとこの J. D. Shortが 1925年から暮らしていたことが大きかったのではないでしょうか。
ふたりは一緒に演奏をするようになり、それは J. D.がサックス・プレイヤーとして Douglas Williamsのバンドにスカウトされるまで続きました。
そして RBF 14 BLUES ROOTS/ MISSISSIPPIのライナー( by Ann Charters)によれば Baby Please Don't Goという「あの」曲を生み出した、とされています。

ただし、ライナーでも言及しているのは「そこまで」で、その後の彼についてはナゾのままです。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-10 09:39

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