Junior Parker
Five Long Yearsは実に多くのブルースマンによって採り上げられ、とーぜんみなさまそれぞれに「ごひいき」がおありのことと思います。オリジナルの Eddie Boydについては 7月24日付けの日記でも採り上げておりますが、他にも名だたるブルースマンがこぞって採り上げております。
ですが、その曲の骨子っちゅうか、全体像を最も忠実に、しかも高いレヴェルで見せてくれるのがこの Junior Parker、という気がいたします。

さて、Junior Parkerこと、Herman Parker Jnr.の出生についてはいまだに混乱があり、1927年 3月 3日、Arkansas州 West Memphisの生まれ、とするものと、1932年で、Mississippi州 Clarksdale生まれとするものが「対立(?)」いたしております。
20世紀初頭のハナシならともかく、1927年にしても 1932年にしても、もーそろそろキチンとした記録が残っていそうな時期だとは思うのですが、両親の名前にしたところで、 Herman Snr.(シニア)とするもの、いや、そーじゃない、Willieだ、って説、また母も Jeanettaなんだか Jeremeter(それって女性の名前?苗字のほじゃないの?)なんだか・・・てな具合でさっぱりラチがあきません。
ま、どーやら確からしいのは、どっちにしろ、一家は West Memphisにほど近いところで農業に従事していた、ということです。そして Parker Jrは音楽的に恵まれた環境を与えられたらしく、幼くして教会で歌い始めた、と言われております。

しかし、彼にとって、もっとも大きな音楽的な影響は Sonny Boy Williamson( Rice Miller )からのものだったようで、そのバンドで時たま演奏し、ごく身近で Sonny Boyの演奏を「浴びた」ことがかなり大きかったものと思われます。
次に彼が経験したのはウルフのバンドで、そこではバック・バンドのリーダー的な存在であった、としている資料もあります。
1951年には自分が率いるバンド、the Blue Flames(あの Auburn "Pat" Hareがいた!)を立ち上げるのですが、それ以前にはブランドや B.B.などが顔を揃えた the Beale Streetersの一員でもありました。

彼の初吹き込みは Ike Turnerによる Modern Recordsへの「You're My Angel 」だったようで、その時のメンバーは、Ike Turnerのピアノ、ギターに Matt & Floydの Murphy兄弟などでした。この単発のシングルが Sun Recordsの Sam Phillipsの目にとまり、1953年には Sunからリリースした「Feeling Good 」がそこそこヒットしてそれが後にエルヴィスにカヴァーされた「Mystery Train 」につながって行きます。

しかし、もっとめざましいのは Houstonからの Don Robeyの Duke labelでブランドと一緒にやったwith Bobby Bland Blues Consolidated( 1958)の成功でしょう。このコンビは南部のサーキットでは重要な存在となって行きます。
他にも 1957年の「Next Time You See Me 」がそのキャッチーな魅力から大きな支持を獲得しています。
Don Robeyの Dukeにはwith Bland Barefoot Rock And You Got Me( 1960)とDriving Wheel( 1962)のアルバムを残していますが、1960年代中頃には Mercury Recordsに移籍しLike It Is( 1967)をリリースしています。その後はHoney-Drippin' Blues( Blue Rock 1969)、Blues Man( Minit 1969)、The Outside Man( Capitol 1970)、Dudes Doing Business( Capitol 1971)、Blue Shadows Falling( Groove Merchant 1972)、Good Things Don't Happen Every Day( Groove Merchant 1973)、I Tell Stories, Sad And True( United Artists 1973)、You Don't Have To Be Black To Love The Blues( People 1974)、Love Ain't Nothin' But A Business Goin' On(同 1974)とリリースは続いて行きますが、彼自身は 1971年11月18日、脳腫瘍の手術中に死亡していますので、1972年以降にリリースされているのは、当然、彼が生前に残した録音です。

Junior Wellsの Biographyによれば、「いとこの」 Junior Parkerがハープを教えてくれた、とあります。
でも、ワタシとしちゃあ、やはり Junior Parkerはその比類の無いヴォーカルのプレゼンスが「すべて」でございます。
某サイトじゃ、彼のことを、片足をメンフィスあたりの「南部のブルース」に、もうかたほうは「アップ・タウンの R&B」に置いている、と表現してましたが、ウマいですねえ。
そりゃあともかく、1966年と思われる Don Robeyの Duke labelから離れてからというもの、彼の「運」は次第に傾いていってしまったのも事実なようで、Capitolではついにビートルズ・ナンバーなんぞまでカヴァーしておりますが、もはやそこにはあの Duke時代の「輝き」は見出すことは出来ません。

2001年、彼は the Blues Hall of Fameに入りました。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-11 10:03

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