Katie Webster
Kathryn Jewel Thorneは 1936年 1月11日( alt.1939年 1月9日)テキサス州の Houstonで生まれています。
まだ幼いうちから、ラグタイムのピアニストから the Sanctified Church of God in Christの牧師になったのを機にゴスペルに転向した父の Cyrusからピアノを学び、さらに音楽的な基盤を、スピリチュアルズやクラシックを手がけていた母の Myrtleから教わっているようです。
信心深い両親は彼女にゴスペルとクラシック以外の演奏を禁じ、ピアノの鍵を管理して、気ままに弾いたり出来ないよう、見張っていたとか。

しかし、それでも彼女はブルースやロック、R&Bを深夜、ベッド・カヴァーの下に隠しておいた古い Philcoのラジオで聴き続け、機会あるごとに「俗世の」音楽に親しんでいったのでございます。
え?当時は真空管式のデッカいラジオで、んなとこに隠せるワケない?いえいえ、1940年には RCAから電池の電圧でも駆動できる MT管が登場し、真空管ながら「ポータブル・ラジオ」が登場していたのでございますよん。

まだティーンエイジャーだった彼女は両親がキャリフォルニアに向かったのを機に South Louisianaに移り、演奏する音楽を制限するよなおカタい人種じゃない親類のもとで暮らし始めます。で、効果テキメン(?)弱冠13才にして Dallasから New Orleansに至る、いわゆる "crawfish circuit"をジャズ・バンドとともに廻るプロのミュージシャンとなり、15才にして、ピアニストの Earl Websterと結婚し、すでに、そのあたり一帯で最も「お呼び」のかかるスタジオ・ミュージシャンになっていたのでございますよん。
お馴染み、Excello Recordsの Jay Millerと、Goldband Recordsの Eddie Shulerのふたりは特に積極的に登用し、1950年代と 1960年代を通して、Lonnie Brooks、Slim Harpo、Lazy Lester、Lightnin’ Slim、そして Clifton Chenierなども含む、実に莫大な(500を超える?)数のセッションに参加しています。

1964年には、あの Otis Reddingの Louisiana州 Lake Charlesでのセッションにも彼女のバンド the Uptightersとともに参加し、そのままツアーへの同行も依頼されて一緒にツアーを行いました。
Otis Reddingの『Live At The Whiskey A-Go-Go 』アルバムにその時のツアーが収録されています。1967年のオーティス・レディングのツアーには、彼女が妊娠していたために参加しなかったのですが、もし参加していたら、おそらくレディングとともに死んでしまってたかもしれません。

オーティス・レディングの死によって、彼女の受けた打撃は大きかったようで、1980年代の初頭にヨーロッパ・ツアーで活路を見出すまで、Goldbandでの吹き込みは続けていたものの「低迷」が続きます。
結局、彼女の存在を積極的に認知してくれたヨーロッパには 30回以上もツアーに訪れることになりました。そのようにして立ち直った1980年代には、地元アメリカの聴衆の前でも数々のギグや Chicago Blues Festival、The New Orleans Jazz and Heritage Festival、The Boulder Blues Festival、The Newport Folk Festivalに The San Francisco Blues Festivalを含む各フェスティヴァルへの出演を通してそのプレゼンスを高めて行きました。

1988年には Alligator Recordsから The Swamp Boogie Queen ALLIGATOR ALCD 4766をリリース。このアルバムには、ボニー・レイットも登場しております。他にも「Pussycat Moan」を収録した Alligatorの Two Fisted Mama!など。

その1989年には、初めて David Sanbornによる NBCテレビの番組に出演。
1992年には、Koko Taylor、Lonnie Brooks、Elvin Bishop、そして Lil’ Ed and the Blues Imperialsとともに、Alligatorの 20周年を記念して組まれた Alligator契約ミュージシャンによる国内を巡るツアーに参加しています。

しかし、1993年のギリシャ・ツアー中に発作を起こし(卒中?)、彼女は左手の機能と殆どの視野を失ってしまいました。それでも彼女は前向きな姿勢を失わず、その後もフェスティヴァルを選んで出演し、その最後のライヴまで Swamp Boogie Queenの名に恥じないドライヴするブーギウーギを聴かせてくれたそうです。

この実に多彩なプレイを見せた Swamp Boogie Queenは、1999年9月9日(9ばっかしやね)に息をひきとりました。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-12 22:04

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