Kenny Neal
この Kenny Neal、ご存知の方も多いとは思いますが、あの Raful Neal*の息子でございます。
1957年の10月14日、Louisiana州の Baton Rougeで「ブルース一家」の一員として誕生しました。
なんせ環境が環境ですから、幼いうちからブルースに親しんでいたようです。
当然、彼を導いてくれたのは彼の父で、また時には父と交際のあった Buddy Guyや Lazy Lester、Slim Harpoからも薫陶を受けた、ってんだから恵まれてますわな。
だいいち、彼の最初のハープにしてからが Slim Harpoにもらってるんですからねえ。まだ 3才の幼児なのに!
それじゃハープがウマくなるのはとーぜんですよねー。でも、スグに彼はベースやギター、ピアノにトランペットと、興味の赴くままに浮気(?)し、彼の最初のステージは父のギグでピアノを弾いています。それが 6才の時で、正式に父のバンド・メンバーとして参加した時にはベーシストとして13才(!)。
17才で Buddy Guyのベースになるまでの 4年間を過ごしました。ただし、Buddy Guyのアドヴァイスによって、むしろギターに集中するようになり、ベーシストをヤメているようですが。

*Raful Nealは、1936年の 6月 6日、Baton Rougeで生まれています。彼と姉 or妹の Coraは早くに両親を失い、Baton Rouge郊外の Chamberlinの小作農だった叔父・叔母によって育てられました。サトウキビを刈り取り、綿を摘む生活だったといいます。14才でハープを始め、17才で最初のバンド The Cloudsを作っています。そのバンドには Lester Johnson(後の Lazy Lesterです)がギターで参加していましたが若き日の Buddy Guyの登場によってその座を譲っています。
22才の時に、Raful Nealは Houstonにベースを置く Peacock Recordsとサインし、最初のシングル「Sunny Side Of Love 」を吹き込みました。続く1960年代には La Louisianeや Whitなどの地元のレーベルに録音し、ローカル・ヒットとはなりましたが、全国スケールでブレークするには至りませんでした。
しかし、そのプレイは Little Walterにも影響を与えた、とされています。事実、地元では彼のコトを「ルイジアナのリトル・ウォルター」と呼んでいたそうですが、それってホメてないよな気がすんだけど・・・
彼がルイジアナ以外でも自分の聴衆を集められるようになったのは1987年以降のことです。Fantastic Labelでの「Man Watch Your Woman 」が同年の W.C. Handy Blues Awardの Blues Single of the Year候補となり、注目を集めたことによるものです。1990年にはアルバム『Louisiana Legend 』、1991年には『I Been Mistreated 』と次々とリリース、また彼の11人いる子供たちのうち 9人が音楽に関わり、特に本稿の主人公、Kenny Nealは、『Louisiana Legend 』の録音にも参加しています。
1995年には the Louisiana Blues Hall of Fameにも名を印しました。
2004年 9月 1日死亡。


彼はカナダの Torontoに移り、彼の兄弟の Raful Jr.、Noel、Larryそして Ronnieと一緒に the Neal Brothers Bandを結成し、アメリカから来るブルースマンのバッキングを務める活動に入りました。さらに Baton Rougeに戻ってソロとしてのキャリアを開始する前に、カナダで Downchild Blues band**のフロントマンも務めていたようです。

**Downchild Blues Bandは1960年代の晩期に Donnie Walshが兄弟の Richard(後の "Hock" Walsh)とともに結成した(当時の)カナダ唯一の白人のブルース・バンド。シカゴ・ブルースとテキサス・ブルースノスタイルから範をとり、親交を持つようになった James Cottonからも影響を受けている。Floridaの Jacksonville Beachでのブルース・フェスティヴァルへの出演などで北米(の東半分かもしれないが・・・)では知られる存在となった。長い歴史を持つだけに、このバンドを通過(?)したミュージシャンは130人にものぼる。Kenny Nealはそれらの中でも「最も成功したブルースマン」である。


Baton Rougeに戻ると、プロデューサーであり、同時にベーシストでホーン・アレンジャーでもある Bob Greenleeと出合ったことにより、彼は次々とアルバムを製作し始めました。ローカルな Baton Rougeブルースにファンクの色彩を与え、さらにロックや R&Bのテイストも加えた音作りは、Alligatorというルートを得て、世に出ることとなりました。
1988年の『Big New From Baton Rouge 』によって彼は一ローカル・ブルースマンから、全国区のアーティストになり、アメリカ及び(あるイミでは古巣とも言える)カナダでのツアーを行い、The Chicago Blues Festival、The King Biscuit Festival、The Motor City Blues Festival、The Beale Street Festival、The River Walk Festival、さらに The New Orleans Jazz & Heritage Festivalにも出演、しかも1990年には Lucky Peterson & Silent Partnersとの 2ヶ月に及ぶ数々のクラブめぐりのスケジュールもこなし、ヨーロッパ・ツアーでは The Amsterdam Blues Festivalのメイン・アクトにさえなっています。
1991年の 2月にはブロードウェイ・ミュージカル『Mule Bone 』での音楽を担当。そして 7月にはこのアルバムがリリースされました。ミュージカル中の 2曲がこの『 Walking On Fire』に収録されているっちゅうんですが、どれがそれなのかは未確認でございます(ってゆーか、ミュージカル方面はあましキョーミが無いもんで。調べりゃスグ判るんでしょうがね)。

そして忘れてならないのは Billy Branchとの I Just Keep Loving Her でしょ!



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-12 22:14

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