Lightnin' Hopkins
連日の曇り空が一転、まだ衰えを見せていない夏の陽ざしが朝から地表を焙り、自転車で移動してると腕に当たる直射日光が灼けるようだ。
こんな時なのよねー、ライトニンのブルースが天から降ってくるのは・・・ それもチョーゆったりとしたヘヴィーなブルースで。

Sam Hopkinsは、1912年 3月15日、Texas州東部の町 Centervilleで、二人の兄の下に生まれています。
彼が 3才の時に父が死に、8才ですでに音楽への道を選んでいたようですが、Blind Lemon Jeffersonとはピクニックで出会って一緒に演奏したことがあるそうでございます。
ふたりで Leon郡の教会やビアー・ジョイント(Beer Joint)を廻っていたんだって。
Lemonの後ろで自作のギターを弾いていた、と言いますから、おそらくかなりの影響を受けたんじゃないでしょか・・・と言いたいところですが、ま、冷静に比較しても、この二人の音に関しては果たして、直接の接触があったればこそ、っちゅう部分が「さほど鮮明ではない」ようにも思えますよね。
ま、アコースティック・ギターの奏法にはあまり詳しくはないワタクシの言うことですから、あまり真に受けられちゃうとナンなんですが。
10代を迎える頃には、これも有名なイトコ(親戚?)の Texas Alexanderと一緒にテキサス州東部を演奏して歩いてたらしいんですが、1930年代の中頃に、なんかマズいことをやらかしたらしく(なにをやったのかは不明ですが、とある婉曲表現によれば his "excesses,"と言われるもの ─ excessは「やり過ぎ; 乱暴, 乱行, 暴飲暴食; 不節制;」なのだそうで・・・ま、不節制や暴飲暴食が原因でタイホされるワケはありませんから、やはり乱暴狼藉、はたまたハメを外し過ぎて器物破損などなどの咎で、ケーサツのご厄介になったのかもしれませんねえ) Sam Hopkinsが the Houston County prison farmの「刑期を終えてシャバに出て来るまで」中断しています。
そして Lightnin'が釈放されてまた Texas Alexanderとコンビを組んだのですが、間もなく今度はその Texas Alexanderのほうが自分の妻を殺害した、っちゅうんで収監されてしまいます。
なんだか「いいコンビ(?)」って感じですが、その Texas Alexanderが釈放されてシャバに出てきたことでふたたび活動を再開したのですが、ここで彼に目をつけたスカウトが現れたのでした。
1946年当時 Aladdin Recordsなど(つまり、その他のレーベルにも紹介業務を行っていたのでしょう)につながりのあった Lola Anne Cullumという女性に Houstonの Third Wardで紹介され、彼女の斡旋で Aladdin Recordsとのハナシがまとまり、どうやら彼女のセット・アップ(異説もあり)でピアニストの Wilson "Thunder" Smithと組むことになり、その "Thunder"に対応する、と言うことで Sam Hopkinsの方には "Lightnin'"が付与された・・・(ただし自分で「そう名乗った」としている資料もありますが)

この Aladdin Recordsのタレント・スカウトに見出され、契約したことで Texas Alexanderとのコンビも終ったみたいですね。

Wilson "Thunder" Smithと Sam "Lightnin'" Hopkinsの録音からは Katie May ( 1946年11月 9日に録音)がそこそこヒットして、おかげで1947年には彼のソロ・アルバムの計画が出てきたみたい。
1950年には音楽で自活することを夢見て(?)Houstonに。
1950年代に入って Lightnin'はあちこちのレーベルに吹き込んだけど、たいした商業的成功はおさめられず、時あたかもシカゴ・ブルースの隆盛とあいまって地盤沈下の憂き目に合い、ヒューストンの裏通りでくすぶるだけになっちまったようで・・・ ライトニンの「冬」の時代ね。

しかし数年後、ブルースの歴史研究者によって再発見され、Folkways、Prestige/Bluesville、あるいは Arhoolieなどに吹き込みを開始しています。
そこでの彼は「Folk-Blues」シンガーであり、ジョーン・バエズやピート・シーガーなどとともに Carnegie Hallにも出演。1960年代を通して彼はどこでも(フォーク・フェスティヴァルでもコーヒー・ハウスの小さなステージででも、あるいはジェファーソン・エアプレーンやグレートフル・デッドとの共演のときでさえ)彼の「Low-Down Blues」のスタイルを貫きました。
ただ、カネにさえなりゃ、どことでも契約する、っちゅう基本姿勢(?)のためか、彼の吹き込んだレーベルは実に 20以上にもなります。おそらく、こんなにあっちこっちのレーベルに録音が散逸(?)してるブルースマンってのも珍しいかもしれません。さらに「Walking And Walking」のように、1980年代末まで、その存在さえ知られていなかった録音が「発掘」されたりもしていたのです。
Houstonのプロデューサー、Roy C. Amesによって1968年の1月17日に録音されたもので、他にも「Rainy Day In Houston」(これもダルでレイジーでヘヴィーないいブルースなのだ)「How Dooz It」、「Lonesome Life」、「Pine Gum Boogie」、「Got A Letter This Morning」、「The Stinking Foot」、「Good As Old Time Religion」がまとめて『LONESOME LIFE』 P-VINE PCD-2331に収録されています。
1980年にはブルースの殿堂入りをはたしていますが、1982年の1月30日、名声と無名の両極端を経験し、最後まで強烈な個性を放ち続けた Lightnin' Sam Hopkinsは、癌のために死亡しました。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-13 22:34

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