Little Willie John
初めて Feverという曲を聴いたのは、やはり Peggy Lee*の 1958年の録音でした。

*Peggy Lee─1920年 5月26日、North Dakota州 Jamestownで Norma Delores Egstromとして生まれた白人女性。彼女は 4才のときに母と死別し、鉄道の駅員だった父が再婚した継母に身体的虐待を受けたといいます。後の彼女のブロード・ウェイ・デビューとなった 1983年の半自伝的ミュージカル『Peg 』のために彼女も一緒に作ったナンバー、カリプソ・タッチのOne Beating A Day はその当時の継母の過酷な仕打ちを歌ったものだと言われています。
そんな彼女は十代のうちから歌で金を稼ぐ生活に入っていたようですが、Fargoの放送局で歌った際に番組のプロデューサーから「Peggy Lee」に改名してはどうか、と言われたらしいですね。同じNormaだったあのひともマリリン・モンローと名を変えて成功したんだから不思議なつながり・・・でもないか?
そして Benny Goodman楽団にシンガーとして雇われたことで大ブレークします。「Why Don't You Do Right?」がヒットし、一躍スターになりました。Benny Goodmanとこにいたのは 1941〜1943年という比較的短い間だったのですが、この時期が彼女の運命を決めたのかもしれません。
その後 Capitol Records(1944-1952&1957-1963)、Decca Records(1952-1957)と彼女自身の録音を積み重ねてゆくのですが、1958年にリリースした Capitol 3998「Fever(カップリングはYou Don't Know )」が大ヒット、以後も「Lover 」、「Golden Earrings 」、「Big Spender 」、「Is That All There Is?」と次々とヒットを出してグラミー賞まで獲得しています。
さらに独特なプレゼンスに溢れた容貌を買われたのか、映画にも進出し、主演作もあります。さらにコンポーザーとしても活躍しました。
4度の結婚をし、子供はひとりだけ。ディズニー相手に「わんわん物語」で使用された楽曲のロイヤルティ支払いを求める集団訴訟に参加して勝訴しましたが晩年、不慮の事故で重傷を負い、車椅子での生活となります。
糖尿病も悪化していたなか、1998年に発作を起こし、そのまま 3年後の 2002年 1月21日、Los Angeles、Bel Airの自宅で死亡しました。

そして、次に聴いた Feverは、そう、Buddy Guyの VANGUARDS録音、『This Is Buddy Guy 』の、でございます。やや荒っぽいけど、これはこれでいい味がありましたね。いえ、それどころか、Buddy Guyの声ってこゆ曲に向いてるんじゃないか?って気さえいたします。滑らかに歌い上げるよなメロディアスなスロー・ブルースに比べ

Never know how much I love you

ってのを「語る」よに歌うこの曲、確かに Buddy Guy向きかも。
その Feverを最初にチャートに送り込んだのが、実はこの Little Willie Johnなのです。
前二者に比べよりゴージャス(?)かつ緻密なバッキングに乗せてややスティッキーなヴォーカルが「ちょっと」クールに歌っていきますが、完成度じゃ Peggy Leeには負けてるかも?

1937年11月15日、William Edward Johnは Arkansas州 Cullendaleで生まれています。でも、かなり早い時期に Detroitに移ってきていたようですね。
なんと、わずか 14才ですでに Count Basieと歌ってて、Johnny Otisによるタレント・コンテストではミゴト優勝もいたしております。
そして Savoy、Prize、Ramaなどのレーベルを経た後、King Recordsと18才で契約、そして1955年にリリースしたAll Around The World が彼にとっての初めてのヒットとなります。
その後数年にわたって大小のヒット16曲を連続させて一躍有名になるのですが、1956年の 3月 1日に Ohio州 Cincinnatiで吹き込まれ、5月にはチャートに飛び込んだヒットがこの Feverでした。
チャートでは実に5週連続のトップ(あ、R&Bチャートのほうですけどね)を記録し、前述の Peggy Leeをはじめ、マッコイズやリタ・クーリッジ、マドンナなどもカヴァーする「非黒人」にまで浸透するビッグ・ヒットとなったのでございます(ついでながら Peggy Leeの Feverは 8位まで上がったそうです)。

そのまま行けば、彼は1950年代から1960年代にかけて、R&B界に大きな影響を与えたシンガーとして歴史に残っていくハズだったのですが・・・
しかし1966年の春、Seattleでのショーの後、彼はナイフでひとを刺してしまい、その相手が死亡したために「故殺」の疑いで起訴され、5月18日、有罪が確定すると同時に Washington州の州立刑務所に収監されてしまったのでした。
その僅か 2年後、獄中で心臓発作のため死亡しています。

そして 1996年、Little Willie Johnは「the Rock and Roll Hall of Fame」に殿堂入りを果たしたのでした。
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by blues-data | 2005-09-14 09:55

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