Lonesome Sundown
たしかプリ・ブルース期のワーク・ソング(だと思うんですが確証無し。なんせ遠い記憶の彼方に朽ちかけてたのを無理矢理ひっぱりだして来たんで、いささかアヤしい)で、歌詞に Harry, Down Sun downってえ一節があったように思うのですが、その歌の解説に、当時の綿花プランテーションでは日の出から日没まで、明るい間はともかくコキ使われていた黒人奴隷たちは、もう午後も遅くなってくると、ひたすら「日没」を待ち焦がれたのだ、と。そして生まれたワーク・ソングで、「もういいから、早く地平線に沈んでくれ!」という悲痛な叫びが背景にある、てな主旨のことを読んだ記憶がございます。

そのように南北戦争以前の南部では「日没」が過酷な労働の「休止」を意味するものでもあったようですが、たとえ名目上だけとは言え「奴隷解放」後は、次第に、黒人社会の中での Sundownに対する概念も変質していったのかもしれません。この Lonesome Sundownという芸名での Sundownは多少なりともメランコリックな匂いがしますし、特に Lonesomeってえ語と組み合わせちゃうと、ますますセンチメンタルな風情を漂わせるのは当然でございますね。

その Lonesome Sundown、HPの方でも Favorite Songsで取り上げておりますが、向こうは軽快なテンポのダンサブルなナンバーで、それをいいことに(?)ワタクシなんぞ、そいつをバリバリの Rock'n'Rollに仕上げ、周囲のヒンシュクをかっておるのでございますよ。もちろん、Lonesome Sundownのナンバーはそんなの(って言い方も無いが)が主流ではございませんで、Lonesome Lonely Bluesみたく、内に籠った微熱を感じさせつつも、独特な湿度を湛えた(?)、しかも重くはない、という独特のプレゼンスが Excelloのトーンと良くマッチしておるのでございます。

"Lonesome Sundown"こと Cornelious Greenは 1928年の12月12日に Louisiana州の Donaldsonvilleで生まれました。
最初、彼はピアノを独習でモノにしたようですが、1948年には彼の叔父さんのギターを借りて New Orleansに移り、ポーターの仕事についていますが、その時からギターに転向したもののようです。
次に Jeaneretteを経て Texas州の Port Arthurに移ったのが 5年後の 1953年。そして「あの」 Clifton Chenierのバンドに Phillip Walkerの後ろのセカンド・ギターとして入っていますが、同時に Phillip Walkerとともに Specialtyに別個に吹き込みも開始しているようです。
ただし、その Clifton Chenierのバンドからは the Lloyd Reynaud bandのヴォーカル&ギターとして移っています。
この時期、彼は自分でも曲を作り始めており、1956年には J. D. Millerのオーディションを受けているのですが、その際、ミラーから Cornelius Greenという名前から、「Lonesome Sundown」という芸名に変えることを提案されたのです。
そして Lonesome Sundownとしてリリースした彼の初シングルが Excello 2092 Lost Without Love / Leave My Money Aloneで、それ以降も Excelloに数々の名曲を残しています。
1965年にはいったん Chicagoに出ますが Opelousasに戻って来ると音楽から離れ宣教師となってしまいました。そのあたりのいきさつについちゃあ、ちょっと資料が無いんで、よく判りません。
しかし 1977年には Been Gone So Longでカム・バックしています。

その後も Crowley発の音源を元にしたアルバム(あの Flyright Bought Me A Ticketとかね)などがリリースされていますが、その辺の Bootleg系はたぶん彼自身への経済的なフィード・バックがゼロだったんじゃないでしょか?

晩年、糖尿病が悪化して療養生活を送っていたようですが、1995年の 4月23日、収容されていた Gonzalesの病院で死亡しました。



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-14 11:29

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