Lucky Peterson
Lucky Peterson・・・なんだか、ちいさい時に「神童」とか「天才」なんて言われてたガキ・・・うっぷす!おコチャマは長ずるにつれ、どんどんフツーのヒトになってったりするもんですよね。ハタチ過ぎたらタダのヒト、って。でも、この Lucky Petersonにはあてはまらないかも、でございますよん。
1964年、ニューヨーク州 Buffaloで、 the Governor's Innという Jimmy Reedやマディも出演したことがあるナイト・クラブを経営する父、James Petersonの息子として生まれています。
だもんだから、彼の初ステージは当然その「the Governor's Inn」で、わずか三才のときだった、と言いますが、たぶん、これ読んでる人たちのうち半分くらいは「親バカのホラ」だと思ってるかもしれませんね。

ま、それはともかく、Bill Doggett(1916-1996、キーボード奏者で自分のコンボも持っていました。基本的にはジャズ・コンボに分類されるのでしょうが、意外と R&Bっぽいとこもあります。Louis Jordanの Timpany Fiveのメンバーだった。1956年の 9月にはインスト・ナンバー「Honky Tonk」が 22週にわたり、ビルボードの Popsトップ 40にチャート・イン、最高で 2位にまで登りつめています)による演奏を聴いたのがキッカケで Hammond B-3のトリコになったのが 4才半!なのだそうですじゃ(それまではドラムだったらしいんですが)。ううむ、テモトにそんないい楽器があったらワシかて今ごろは・・・ブツブツ。
ケッキョク音楽関係者も出入りしてますから、さっそく目をつけられて、5才で初吹き込み!6才で早くも The Tonight Showと The Ed Sullivan Show(江戸川サリヴァン・ショーじゃないぞう!)に出演!
やれやれ、苦節ン十年、やっと出したシングル売るためにノボリ片手に全国津々浦々をめぐり歩き、レコード店ではサイン会、よーやくテレビ出演がかなったときには、はや 50才も間近、なんてえ演歌歌手が聞いたら「にゃにおう!」ってアバレ出しちゃいそなチョー恵まれたカンキョーでございますねえ。もちろんブルース業界でも異例でございますよ。

Willie Dixonのプロデュースで「1-2-3-4」を出し、それがテレビ出演のキッカケとなったのですが、そのような早熟な才能がショボたれるコト無く、リッパなブルースマンになってったんだから、実にメデタいことです。
その後も彼はキーボードはもとより、8才からはギターも始め、やがてはベースにドラム、そしてトランペットまでこなすようになっちゃいました。

恵まれた環境のおかげで、当時の最高のブルース・プレイヤーたちの薫陶を受けてたんですから、これで「ド下手」のままだったらバチが当たるってなもんでございましょ。
17才にして Little Miltonのキーボーダーとして 3年間バックを務め、続いてはブランドのパッケージ・ツアーに参加してヨーロッパでも知名度を上げました。
そして、フロリダのプロデューサー Bob Greenleeと組んで Alligatorに吹き込んだ Lucky Strikes!(1989)と Triple Play(1990)の 2枚が高い評価を受けています。
同時に、Etta Jamesや Kenny Nealなどとの数々のセッションで行ったバッキングも評価されています。

1992年には Verve labelに I'm Readyを吹き込み、ブルースから裾野を広げたその仕上がりは(プア・・・じゃなかった、ピュア・ブルースにこだわる方の「お好み」からはハズレるかもしれませんが)、彼のプレゼンスを示した作品だったと思います。
2001年にソロとしての活動を本格化させた Rico McFarlandも、この Lucky Petersonのもとでギターを弾いていました。
a0011975_11214593.gif

[PR]
by blues-data | 2005-09-15 00:17

[ BACK to BIO-INDEX ]