Magic Sam
Magic Sam、本名 Samuel Maghettは、1937年(ただし、Illinois州 Alsip市の Laramie Avenue & 117の Restvale Cemetaryにある彼の墓碑銘にはナゼか、1936年と刻印されています)2月14日 Mississippi州の Grenada付近の農場で働く小作農の家庭で生まれ、さらには、後に Magic Slimを名乗る Morris Holtsとも幼なじみだったと言われております。そして、その Magic Slimというステージ・ネームも彼 Samuel Maghettがつけたのだ、と。
彼が生まれた家庭は殆ど音楽には縁がない、という環境だったようですが、周辺で行われるパーテイなどに出演したミュージシャンを見て感化されたものか、彼は家の側壁に釘を打ち付けて、その間にワイヤーを張り、それが彼にとっての最初の楽器、いわゆる Diddley-Bowとなったのです。
やがてご他聞に洩れず、それはシガー・ボックス・ギターにと進化していったのでした。
そして 1950年(資料によっては 1956年としているものもありますが)には一家を挙げてシカゴに移っています。
その時点ではすでにいっぱしのギタリストだった、としている資料もありますが、それがどの程度の腕をさすのかはちと「?」。

Chicagoではすぐにゴスペル・グループ the Morning View Specialの伴奏を務めるようになり、また Homesick Jamesのバンドにも参加しています。その時の彼のステージ・ネームは Good Rockin’ Sam!
1955年になると、彼は叔父さんでもあったハーピスト James "Shakey Jake" Harrisのサポートも得て自らのバンドを持つことが出来ました。
そのバンドには「隣人」だった Syl Johnsonも加わっております。おそらくこのあたりで世に言う Chicagoの West Sideスタイルってのが出来上がって来た、というのが定説のようでございます。
1957年には Eli Toscanoの Cobraに初吹き込みをしていますが、この時まではまだ Good Rockin' Samだったものを Eliが変えるように要求し、結果 Maghettからのアレンジ(?)で Magic Samとなったものだ、と言われていますが、一方ベースの Mack Thompsonの記憶では、Sad Samやら Singing Samなんてダサいのを Eliが主張したので Magic Samはどうだ、って言ったらそれで決まった、なんて言っているようですがはたして?
このときのメンバーは Eliに Magic Samを推薦した Willie Dixon、ピアニストは Little Brother Montgomery、ドラム Billie Stepneyにベースの Mack Thompson( Willie Dixonはベースだけではなくプロデュースとしてスタジオに入っているのでしょうか?)です。
その後二年間にわたって Cobraには Easy Babyや 21 Days in Jail、Call Me If You Need Meなどを録音しています。

しかしレーベルが倒産した1959年、彼は陸軍に入るのですが、脱走して Chicagoに舞い戻り、そればかりか Chiefに Every Night About This Timeを吹込んだのが、地元にしかセールス網を持っていなかった Cobraとは異なって他の地域でも販売されたために陸軍に露見し、脱走兵として収監され、1961年には不名誉な追放処分を受けてしまいます。
シカゴに戻ったサムは CBSに Hi Heel Sneakerを録音、さらに Crashにも録音しているようですが、彼としてはシングルではなく、フル・アルバムを録音したかったようで、そこで接触したのが Delmarkの Bob Koesterで、それが1967年 7月と 10月の二回に渡って録音された West Side Soulとなって結実し、やがて1968年の Black Magicにつながって行く、と。
ただし、この録音を通じて、どうも Shakey Jakeのハープが、この全体のサウンドにマッチしていないのではないか?という点で Bob Koesterと Magic Samの意見は一致し、結局そのハープは最終ミックスを生き延びることが出来なかったのでした。
ある意味、その戦略はミゴトに当たり、不朽の名盤になった、とも言えるワケですが、でもねえ、「消された」 Shakey Jakeのキモチを思うと・・・

しかし Magic Samファンにとって最も大きな「事件」は、1969年の8月に行われた、伝説の Ann Arbor Blues Festivalへの出演でしょう。
ここで初めて Magic Samを知った人も多く、この新しい才能の出現に大いなる期待が寄せられたのですが、その真っ最中、まさにその頂点で、その年の12月 1日、Samuel Maghettは心臓発作のため死亡してしまったのです。
「オレはウェスト・サイドのバーベキュー・ブラザーさ」とインタビューに語っていた Sam。でもカネが無くてロクなもんが喰えなかった、というハナシもあります。それで健康を害したんだ、と。
ワタシは彼の未亡人ってのがどんなだっかは知りませんが、彼の墓石には

Beloved Husband
Samuel G. Maghett
(Magic Sam)
1936-1969
"Magic Sam" was a Chicago blues musician; a singer, guitarist and songwriter.
He recorded two albums, West Side Soul and Black Magic,
and died of a heart attack at the height of his career.

と刻まれています。Beloved Husband─大切な夫・・・残された妻にそう言わしめるよな家庭であったのでしょうね。

蛇足ながら同じ墓地には、その翌年 Magic Samにあの Univoxの「なんちゃって Les Paul Custom」を貸してくれた Earl Hookerが埋葬され、さらに 1975年には Hound Dog Taylorが、そして 1985年には Eddie Taylor、他にも Valerie Wellingtonや St. Louis Jimmy、マディも・・・



reserched by Othum: Blues After Dark


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by blues-data | 2005-09-15 20:13

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